解決事例
【身柄解放・押収物還付】税務調査中の公務執行妨害で逮捕された税理士につき、準抗告により身柄を解放するとともに、押収された携帯電話の還付を求めて最高裁特別抗告で「書面性要件」に憲法論を真正面から展開し、特別抗告係属中に検察官をして押収物を任意還付させた事例
【身柄解放・押収物還付】税務調査中の公務執行妨害で逮捕された税理士につき、準抗告により身柄を解放するとともに、押収された携帯電話の還付を求めて最高裁特別抗告で「書面性要件」に憲法論を真正面から展開し、特別抗告係属中に検察官をして押収物を任意還付させた事例
依頼者:50代 男性(税理士・所長)
相談前
依頼者様は、ご自身の税理士事務所を率いられ、長年にわたり多数の中小企業の税務をご担当されてきた、経験豊かな税理士でいらっしゃいます。前科前歴は一切ございません。
ある日、依頼者様は、顧問先である地元の中小企業の代表者ご自宅において、市町村の徴税職員による国税徴収法141条以下に基づく捜索の場に立ち会われました。顧問先代表者の奥様がご体調を崩されていたため、依頼者様は、ご自宅の玄関先で代表者をお守りすべく、徴税職員との間に身を入れられました。ところが、後方にいた別の徴税職員が依頼者様を背後から押した結果、依頼者様のお身体が前方の徴税職員の身体に接触してしまい、依頼者様はその場で「公務執行妨害」を理由として現行犯逮捕されてしまったのです。
しかも、捜査機関は、依頼者様の所有にかかる携帯電話機をその場で押収し、税理士業務に支障が生じる旨を再三申し入れたにもかかわらず、これを長期にわたって留置し続けました。確定申告期直前という、税理士業務にとって最も多忙な時期での身柄拘束と業務用携帯電話の押収は、依頼者様ご本人のみならず、顧問先の依頼者の方々にも直ちに深刻な影響を及ぼしかねない事態でした。
依頼者様は、「身に覚えのない『体当たり』を理由に、税理士としての職務執行の場で逮捕され、業務用の携帯電話まで取り上げられるのは納得できない」とのお気持ちを抱かれ、当事務所にご依頼くださいました。
相談後
当事務所では、本件を「身柄」「押収」「公務の適法性」の三方向から同時に組み立てる方針を採り、逮捕翌日からの集中的な弁護活動を展開いたしました。
第一に、勾留決定に対する準抗告の申立てによる身柄解放です。
当事務所は、被疑者勾留の翌日に、管轄の地方裁判所に対し勾留決定に対する準抗告を申し立てました。論点としては、①公務執行妨害罪が成立するためには対象となる公務が「適法」であることを要するという確立した判例理論のもと、本件税務調査は国税徴収法141条以下所定の手続を欠く違法な公務であり、嫌疑の相当性が欠如すること(大阪地決平成30年3月11日・LEX/DB25552928、静岡地判昭和47年2月9日参照)、②現場の全過程を録画した防犯カメラ映像が客観的に存在し、依頼者様が一貫して任意の供述に応じている以上、罪証隠滅の具体的おそれがないこと、③依頼者様は税理士という社会的に定着した地位にあり、ご親族・従業員から身元引受の誓約も得られていることから、逃亡のおそれもないこと、④仮に有罪となる場合でも、税理士法上の資格喪失の不利益を量刑上考慮すべきとする一連の裁判例(東京高判昭和52年2月1日、大阪高判昭和61年12月24日・判タ630号221頁、福岡高判平成24年12月19日等)に照らせば本件の終局処分は不起訴処分が相当であり、勾留の必要性を欠くこと等を、体系的に主張いたしました。
その結果、裁判所は当方の準抗告を認容して勾留決定を取り消し、依頼者様は逮捕からわずか数日で身柄を解放され、在宅事件として捜査が継続されることとなりました。
第二に、押収物(携帯電話機)の早期還付に向けた還付請求と準抗告です。
身柄解放を実現した後も、捜査機関は、依頼者様の業務用携帯電話機の押収を継続いたしました。当事務所は、逮捕から約2週間が経過した時点で、担当検察官に対し、電話により押収物還付請求を行いました。請求の対象は「被押収者である依頼者所有の携帯電話機」であり、押収調書等の客観的記録によりただ一台に特定されるものでした。これに対し、検察官は同日、口頭により「捜査に使用しているのですぐには返還できない」として還付を拒否されたため、当事務所は当日中にその経過を電話聴取書に記録のうえ、管轄の地方裁判所に押収物還付却下処分に対する準抗告を申し立てました。
準抗告では、すでに捜査開始から十分な時間が経過していること、被疑事実との関連性が乏しいこと、税理士業務に対する具体的不利益が継続していることから、押収の必要性は既に消失しており、処分との均衡を逸脱した違法な処分であることを主張いたしました。
第三に、原決定(準抗告棄却決定)に対する最高裁への特別抗告です。
ところが、原審裁判所は、「弁護人が電話で還付を求めたにすぎず、対象を特定して還付を請求したものとは認められない」として、還付請求それ自体および原処分の存在を否定し、本件準抗告を不適法として棄却いたしました。すなわち、刑訴法上明文の根拠なく「書面性」を要件とすることで、被押収者の不服申立ての道を実質的に閉ざす判断でございました。
当事務所は、この原決定に対し、最高裁判所に特別抗告(刑訴法433条)を申し立てました。特別抗告では、①押収処分を受けた者の還付請求権を正面から認めた最高裁第一小法廷平成15年6月30日決定(最高裁判所刑事判例集57巻6号893頁)に違反すること、②黙示の処分でも準抗告の対象となるとした大阪地決昭和45年9月11日・判例時報613号104頁に違反すること、③検察官自身が現に却下処分を行いながら、その前提となる請求が存在しないとする原決定の論理は自己矛盾であること、④押収物の留置は国民の財産権(憲法29条)に対する重大な制約であり、法文上の根拠なく特定方式・書面性という形式的要件を事後的に加重することは財産権保障の形骸化を招き、ひいては憲法31条の保障する適正手続にも違反すること、⑤刑訴法432条が準用する426条に基づく事実の取調べを尽くさず、形式論で申立てを切り捨てた審理不尽の違法があること等を、最高裁判例・憲法論・刑訴法解釈論を統合した形で正面から展開いたしました。
特別抗告申立てと同日付で、当事務所は併せて「押収物還付請求書」を書面化のうえ、改めて担当検察官に交付いたしました。これにより、原決定が問題視した「書面による特定の要件」を充足しても、なお留置の継続を維持する正当な理由がないことを浮き彫りにいたしました。
その後、特別抗告が最高裁判所に係属する中、検察官は依頼者様の携帯電話機を任意に還付するに至り、令和8年5月15日、最高裁判所は、押収物が返還されたことに伴い特別抗告は法律上の利益を欠くものとして抗告棄却の決定を下しました。形式的には「棄却」決定ではございますが、その実質は、最高裁への特別抗告を契機として、原決定が「不適法」として一蹴した還付請求が、検察官の任意還付という形で実体的に達成された、というものでございます。
松村 大介 弁護士からのコメント
本件は、税理士という専門職業人が、顧問先の税務調査の現場における些細な身体接触を理由として現行犯逮捕され、業務に不可欠な携帯電話機まで長期にわたり押収されてしまうという、現代の捜査・押収実務に内在する構造的問題が、典型的な形で顕在化した事案でございました。
まず身柄解放の局面では、公務執行妨害罪が成立するためには対象となる公務が「適法」であることを要するという確立した判例理論を、本件税務調査の国税徴収法141条以下所定の手続違反性に丁寧に当てはめ、嫌疑の相当性の不存在を中核に、防犯カメラ映像による客観的証拠の存在、税理士という社会的地位、税理士法上の資格喪失リスクを考慮した量刑上の不利益等を多角的に組み合わせて主張を構成いたしました。逮捕直後の段階では、被疑事実の客観面が単純であるほど、勾留の要件・必要性を欠くとの主張が形式論として処理されがちでございますが、本件では、嫌疑の相当性の段階から憲法的視座(無令状の捜索が令状主義の例外として限定的に解釈されるべき要請)を意識して論証を組み立てたことが、準抗告認容に結びついたものと受け止めております。
もっとも、本件で最も実務的・憲法論的に意義深いのは、押収物還付請求をめぐる原決定との攻防であったと存じます。原決定は、「電話による還付請求は対象を特定した請求にあたらない」として、申立てそれ自体を不適法と切り捨てたものでございますが、刑訴法は還付請求につき書面性を要件とする明文を置いておらず、最高裁第一小法廷平成15年6月30日決定が押収を受けた者の還付請求権を正面から認め、東京地裁令和4年1月5日決定が方式論を一切論じることなく実体判断に進んでいる先例の流れに照らせば、原決定の判断は最高裁先例の射程を不当に狭めるものでございました。
当事務所は、この原決定に対し、最高裁先例違反に加え、①検察官自身が却下処分を行いながら還付請求の存在を否定する論理矛盾、②刑訴法432条が定める事実の取調べを怠った審理不尽(憲法31条違反)、③憲法29条の保障する財産権制約の合憲的解釈の欠如、という三層構造の憲法論・刑訴法論を最高裁判所に対し正面から提示いたしました。法文上根拠のない手続要件を解釈によって事後的に加重し、被押収者の不服申立権を封じる運用は、適正手続の理念に正面から反するものであり、これを最高裁の場において問い直すことそれ自体に、本件特別抗告の意義があると考えております。
結果として、特別抗告係属中に検察官が押収物を任意還付したことに伴い、特別抗告は法律上の利益を欠くものとして棄却決定となりました。形の上では「棄却」ではございますが、最高裁係属中の検察官による任意還付という流れは、依頼者様のご権利の実体的な回復を意味するものであり、当事務所としては、本件における一連の弁護活動を通じ、依頼者様の身柄と財産権の双方を、可能な限り早期に回復することができたものと受け止めております。
もっとも、本件で問題となった原決定の論理、すなわち「法文上根拠のない方式要件を解釈によって事後的に加重することで、押収を受けた者の還付請求権の行使を実質的に困難にする」という運用は、本件限りの問題にとどまるものではなく、押収物還付請求権という財産権保障の中核的内容(憲法29条)の実効性に関わる構造的課題でございます。当事務所では、押収物還付請求をめぐる手続論・実体論の双方について、今後も法廷と言論の両面から問題提起を継続してまいる所存です。