外国人の薬物事件――「執行猶予」では終わらない
2026/04/19
1 よくある誤解から
日本で薬物事件の刑事弁護を受けた外国人の方から、次のような話をしばしば伺います。
「刑事弁護人から、執行猶予が付けば大丈夫と言われた」
「初犯で量も少ないので、退去強制にはならないはずだと説明された」
これらの説明は、日本人の事案を念頭に置けば、決して間違いではありません。しかし、外国人の方の事案には通用しない場面があります。日本人の薬物事件と外国人の薬物事件は、同じ犯罪類型でありながら、その後の帰結がまるで異なる別々の手続として処理されるためです。
本日は、この食い違いの正体を、入管法の条文に即してご説明したいと思います。
2 二つの手続が並行で動く
外国人の方が薬物事件で逮捕された場合、刑事手続と入管手続の二つの手続が並行して動くことになります。
刑事手続は、逮捕・勾留・起訴・公判・判決という、なじみ深い流れです。多くの刑事弁護人の意識は、この流れの中に留まります。無罪を争うか、執行猶予を目指すかが、主な争点となります。
入管手続は、これとは別個に走ります。退去強制事由への該当性判断、違反調査、退去強制令書の発付、そして上陸拒否。入管は、これらの手続を、刑事事件の進行を見ながら、独自の判断軸で進めていきます。
押さえておきたいのは、刑事手続で得られる最良の結果(執行猶予付き有罪判決)であっても、入管手続における退去強制を止めることができないという点です。薬物事件の場合、ここが他の犯罪類型と決定的に違うところです。
3 入管法の規定を確認する
具体的に、入管法の条文を見ておきます。
入管法24条4号チは、以下の法令に違反して有罪の判決を受けた者を、退去強制事由として明示しています。
・麻薬及び向精神薬取締法
・覚せい剤取締法
・あへん法
・麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)
・刑法第二編第十四章(あへん煙に関する罪)
・大麻取締法(令和6年12月12日施行の改正により「大麻草の栽培の規制に関する法律」に名称変更)
条文の要件は「有罪の判決を受けたこと」のみで、実刑か執行猶予かは問われません。判決の種類を問わず、有罪判決が確定すれば、それだけで退去強制事由が成立します。
他の犯罪類型と比較すると、この点がはっきりしてきます。一般的な刑事犯罪について退去強制事由を定めた入管法24条4号リは、「無期又は1年を超える懲役若しくは禁錮に処せられた者」を対象としつつ、執行猶予の言渡しを受けた者を原則として除外しています。つまり、他の犯罪類型では執行猶予が退去強制を回避する防波堤として機能するのに対して、薬物犯罪ではこの防波堤そのものが存在しないのです。
4 入国禁止に期間の定めがない
退去強制の向こう側には、さらに重い帰結が控えています。
入管法5条1項5号は、麻薬・大麻・あへん・覚醒剤・向精神薬の取締りに関する法令に違反して刑に処せられたことのある者を、上陸拒否事由として定めています。この規定には期間の定めが設けられていません。つまり、期限なく、永久に、日本への入国を拒まれる事由です。
通常の退去強制であれば、退去の日から5年または10年を経過すれば、少なくとも条文上の上陸拒否期間は満了します(入管法5条1項9号ロ・ハ)。しかし、薬物関連の事案では、この期間経過後も、入管法5条1項5号の上陸拒否事由が残り続けます。条文を読む限り、日本に戻れる道は閉ざされている状態になるわけです。
この点は、刑事弁護人にも十分には認識されていないことが多いところです。入管法の条文に手を伸ばしていただかないと、刑事裁判の結果と入管手続の結果の乖離は見えてきません。
5 大麻取締法改正後の現在
令和6年12月12日、大麻取締法は「大麻草の栽培の規制に関する法律」へと名称を変え、大麻の所持・譲受・譲渡の規制は、麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)の側へ移されました。また、大麻の使用罪が麻向法上に新設されています。
改正以後、大麻関連事案のほとんどは麻向法違反として処理されます。麻向法違反は、従前から入管法24条4号チの対象ですから、退去強制事由に該当するという構造には変化がありません。
改正施行日前の違反行為については、改正法附則第14条により、なお従前の例によるとされています。施行前の大麻取締法違反を対象とする退去強制手続も、従前の枠組みで進められます。
大麻の栽培行為は、新法である「大麻草の栽培の規制に関する法律」の適用を受けます。こちらも入管法24条4号チの対象です。
要するに、大麻関連で有罪判決を受けた外国人の方は、改正の前後を問わず、退去強制事由に該当することに変わりはありません。
6 ご家族への波及
薬物事件の帰結は、ご本人の問題に留まりません。ご家族の在留資格にも、波及することがあります。
「家族滞在」の在留資格や、「永住者の配偶者等」の在留資格は、主たる在留資格者の存在を基礎とする在留資格です。主たる在留資格者が退去強制を受けて在留資格を失えば、基礎となる関係が失われる結果、ご家族の在留資格にも影響が及ぶ事態となります。
また、ご家族が日本人の配偶者や永住者であっても、主たる稼得者が退去強制されれば、家計と生活の柱が失われます。これは法律以前の、生活実態の問題です。
薬物事件は、ご本人だけの問題として片付くものではありません。ご家族の将来をも揺さぶる帰結を伴うものだと、認識しておいていただきたいところです。
7 不起訴を目指す刑事弁護
以上の帰結を踏まえると、刑事事件の方向性は一つに収束します。
目指すべきは、不起訴処分です。有罪判決に至らなければ、入管法24条4号チには該当しません。不起訴処分を獲得できれば、入管法5条1項5号の期限の定めのない上陸拒否事由も発生しません。
不起訴には、嫌疑なし、嫌疑不十分、起訴猶予といった複数の類型がありますが、有罪判決が出ないという点では共通します。事案の内容によって、どの類型の不起訴を目標に据えて弁護活動を組み立てるかが決まります。
仮に起訴された場合でも、公判での無罪獲得が次の目標となります。薬物事件は物的証拠(鑑定結果、尿検査)が中心となるため、無罪のハードルは決して低くはありません。それでも、証拠の収集・保管の適法性、鑑定手続の精度、違法収集証拠の問題など、争いうる論点は存在します。
8 取調べが勝負を分ける
不起訴ないし無罪を目指す場合、取調べでの対応が勝負を分けます。
薬物事件の取調べでは、共犯者・入手経路・使用経緯などが詳細に尋ねられます。記憶が曖昧なまま迎合的に答えてしまうと、調書に定着して、後に覆すことが極めて困難になります。
外国人の方の場合、通訳を介したやり取りになります。通訳者の技量には個人差があり、細かなニュアンスが正確に記録されないおそれが常にあります。「軽く認めたつもり」が、調書では「明確に認めた」と書き換えられてしまうこともあります。
黙秘権は、取調べの場でご自身を守る最も基本的な権利です。話すかどうか、何を話すか、いつ話すかは、弁護人と相談したうえで判断する事柄です。安易な署名押印は、必ず避けるべきです。
中国国籍の方が逮捕された場合、日中領事協定により、領事機関への通知が行われる場合があります。領事面会をどのように活用するかは、ご本人と弁護人で方針を定める事項です。
9 保釈を得るために
外国人の薬物事件では、保釈の壁が高くなりがちです。逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれが、外国人であることを理由に重く見積もられるためです。
壁は高いものの、越えられないわけではありません。身元引受人の確保、旅券の任意提出、保釈保証金の準備など、裁判所が懸念する点を事前に潰しておく作業が効いてきます。私の事務所でも、薬物事件で外国人の方の保釈を獲得した事案は複数あります。
保釈の準備は、早い段階から始めるほど実効性が高まります。身元引受人の選定、監督体制の設計、保釈条件の想定など、勾留中から並行して進めておくことが大切です。
10 在留特別許可への道
刑事事件が有罪判決で確定した場合でも、最後の望みとして、在留特別許可(入管法50条)の制度があります。退去強制事由に該当する方でも、例外的に在留を許可される道です。
薬物犯罪による退去強制事由該当者の場合、在留特別許可のハードルは、他の類型に比べて高いのが実情です。家族関係の濃密さ、本邦での生活基盤の確立度、更生の見込みなどを、証拠に基づいて詳細に立証する必要があります。
在留特別許可の申請は刑事事件の確定後の手続ですが、その準備は刑事事件の段階から始まっています。量刑事情として主張する「更生の見込み」は、そのまま在留特別許可の立証資料として連続的に機能します。両者をつなげて組み立てることが、結果を左右します。
11 早期の弁護士相談という前提
薬物事件と在留資格の問題は、刑事弁護と入管手続の両方に対応できる弁護士の存在が、前提条件となります。
一方の専門家だけでは、片方の手続で有利に見える選択が、他方の手続で不利に働くことを見抜けません。刑事弁護で「ここは認めても量刑は変わらない」と判断した部分が、入管手続で決定的な不利事情になる、ということもあります。両方の手続を見通した弁護活動が、最善の結果を引き出します。
逮捕を知った時点で、すぐに弁護士にご相談ください。ご自身の初期判断で動かれる前に、専門家の意見を聞いておくことが、その後の選択肢を最も広く残す方法です。
今後も、外国人事件における刑事と入管の交錯について、取り上げていきたいと思います。
以上
----------------------------------------------------------------------
舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 :050-7587-4639
東京を中心に刑事事件の弁護
----------------------------------------------------------------------