『ストーカー』と指差される前に――規制法の構造と対応
2026/04/19
1 本記事について
ストーカー規制法をめぐっては、これまで個別のテーマで複数の記事を書いてきました。本記事は、それらの内容をひとつにまとめ、改めて全体像をお示しするものです。初めてお読みになる方でも流れを追えるよう、従前の記事を整理し直しました。
本記事のテーマは、「なぜ、ある日突然、ストーカー扱いをされてしまうのか」「そのとき、何ができるのか」の二つです。ご自身やご家族、ご友人が巻き込まれる可能性がゼロではない、という前提でお読みいただければと思います。
2 ストーカー冤罪という現実
最初に、実際に私が担当してきたケースをいくつか挙げます。
・強制猥褻行為を行った男性が、自らの犯行を隠蔽するため、被害女性をストーカー扱いして接触をブロックしようとしたケース。
・不倫関係のもつれから、女性をブロックする目的で、男性がストーカー扱いをしたケース。
・交際関係の成立を妨害したい親族が、一方をストーカー扱いしたケース。
いずれも、直接ご本人からお話を伺う限り、それぞれに十分な言い分があり、ストーカーと扱われるようないわれのない事案でした。しかし、現在のストーカー規制法は、一方が警察に相談するだけで、相手を「ストーカー」として事実上ブロックできてしまう仕組みになっています。
一度「ストーカー」の烙印を押されると、ご本人の力でこれを覆すことは非常に困難です。なぜそこまで厳しい状況になるのか。以下でその構造を解きほぐしていきます。
(関連記事:ストーカー冤罪)
3 規制の対象となる行為の整理
ストーカー規制法が規制する行為は、三つの要件の組合せで成り立っています。
一つ目は目的要件で、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」があることが必要です。
二つ目は対象要件で、特定の者又はその配偶者・直系若しくは同居の親族・その他社会生活において密接な関係を有する者に対する行為が対象になります。
三つ目は行為要件で、待ち伏せ・見張り・監視・面会等の義務なき要求・粗野乱暴な言動・無言電話・汚物等の送付・名誉毀損行為・性的羞恥心を害する行為などが法律上列挙されています。GPS装着行為もここに含まれます。
この中で実務上もっとも注意を要するのが、「面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること」――いわゆる「義務なき要求」です。警察庁の通達では「およそ問題となっている行為を行うことが社会的相当性を欠くもの」と解されており、この基準が緩い。極端な場合、不倫関係のもつれから不法行為に基づく損害賠償を請求するだけでも、「義務なき要求」に該当すると判断される余地があります。
民事上の正当な権利行使であっても、ご自身で直接相手に請求すれば、ストーカー扱いを受けるリスクが残ります。請求の正当性の有無にかかわらず、弁護士を介した対応をお勧めします。
(関連記事:【どこからがストーカー扱い?】民事上の正当な請求とストーカー扱いの境界線)
4 目的要件をめぐる運用の緩さ
ストーカー規制法の目的要件の中心は、「恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」という文言です。
警察庁の通達によれば、「好意の感情」は好きな気持ち・親愛感を指すとされ、恋愛感情のみならず、女優等に対する憧れの感情等も含まれるとされています。「怨恨の感情」は、満たされなかった好意の裏返しとしての恨み・憎しみの感情と理解されています。
目的要件は、本来、規制対象を適切に絞り込むために設けられた仕組みです。しかし実務の運用は、この目的要件を緩やかに解釈する傾向があり、立法趣旨から距離のある場面も見受けられます。
警察の捜査を受けた段階で、捜査員の誘導に従って調書に署名押印をしてしまうと、後日、目的要件の不存在を主張しても通りにくくなります。安易な署名押印は絶対に避けるべきです。
(関連記事:ストーカー規制法の恋愛目的その他好意の感情)
5 ストーカー警告は「お願い」なのか、「命令」なのか
ここから、ストーカー警告(文書警告)の法的性格の話に入ります。私の実務上、最も核心的な論点の一つです。
現在の実務では、ストーカー警告は「行政指導」であって、「行政処分」ではないと理解されています。警察がこのように解釈する主な根拠は、次の三つです。
ア 警告は、具体的行為について行為者に自発的な中断を求めるものであり、強制ではない。
イ 警告に違反しても、直接の制裁措置はない。
ウ ストーカー行為は、もともと国民誰しもが受ける法的規制の対象であり、警告が出たことで新たに規制が生じるものではない。
三つの根拠は、一見すると説得力がありそうに見えます。しかし、一つずつ分けて考えてみると、いずれも筋道が通りません。
アについて。警告書には「更に当該行為をしてはならない」という文言が明確に記載されています。法制執務の世界では、「してはならない」は不作為の法的義務を課すときに用いられる用語であって、「お願い」の場面で使われるものではありません。警告の文言そのものが、法的義務を課す性格を示しています。
イについて。日本の法体系には、直接的な制裁措置がなくても行政処分と位置付けられる行為が多数あります。ストーカー警告は、不服従があれば高い確率で禁止命令という不利益処分へ移行する仕組みが備わっており、これは事実上の制裁措置と評価できます。そもそも、「してはならない」という規定の構造からして、ストーカー規制法が不服従を容認する立法であるはずがありません。
ウについて。典型的な行政行為も、もともと法律によって一般的に当該行為が禁止されている上に、具体的事実関係に基づく禁止という公の認定が重ねられるものです。ストーカー警告も同じ構造で、個々の具体的行為がこの警告によって初めて「ストーカー規制法違反の行為である」という公の認定を受けます。ウの理屈は、通常の行政処分の典型例にもあてはまる話にすぎず、警告を行政指導と位置付ける独自の根拠にはなりません。
私が担当した奈良ストーカー警告事件(大阪高判令和6年6月26日)では、従来否定されてきた警告の法的効力が正面から認められるところまで到達しました。ストーカー警告=行政処分という結論の一歩手前まで切り込めた事件で、現在は最高裁に係属しています。
(関連記事:ストーカー警告は「お願い」なのか?)
6 反論の機会が保障されない問題
警告が「行政指導」として扱われていることから、もう一つ深刻な問題が派生します。行為者に対し、事前の反論機会が保障されないという問題です。
ストーカー警告が行政処分であれば、行政手続法の規定によって、不利益処分の前に告知・聴聞・弁明の機会が原則として保障されます。しかし、行政指導の扱いであるために、この保障が及びません。
実務上、警察は警告を出す前に一定の事実確認は行いますが、その範囲は限定的で、警察の都合のよい範囲にとどまる傾向があります。さらに、事前の確認らしい確認がほとんどなく、いきなり警告が出てしまう事案もあります。男女間の別れ話の一場面が切り取られ、些細な問題からストーカー扱いを受けた依頼者のケースを、私は実際に担当しました。
(関連記事:反論の機会なく、いきなりストーカー扱い?)
7 警告を受けた後、どこまで争えるか
警告を受けた後、これを法的に争う道としては、次の四つが考えられます。
ア 取消訴訟による取消し。
イ 無効確認訴訟による無効の確認。
ウ 警察庁のストーカー情報管理ファイルからの情報抹消。
エ 国家賠償請求訴訟による違法性の主張。
いずれも、現実にはハードルが高いのが実情です。
アについて。ストーカー警告が行政処分と認められていない現在の実務では、極めて難しい道です。
イについて。私が担当した大阪高裁判決により一定の場合に余地が残されていますが、法的構成にかなりの工夫が必要です。
ウについて。現在の実務では基本的に認められていません。
エについて。正面から争うことはできますが、公務員の過失を認定する壁が高いのが現実です。
いずれの道も険しく、警告後の事後的な救済には限界があります。だからこそ、警告が出る前の段階での対応が決定的な意味を持ちます。
(関連記事:ストーカー扱いは争えない?)
8 警告が出る前にできること
警告が出る前の段階での対応は、比例原則の活用と「おそれ」の要件の否定の二本柱で組み立てます。
ストーカー規制法の適用場面は行政法の領域であり、比例原則が当然に及びます。比例原則とは、ある行政目的を達成するにあたって、より規制程度の軽い手段で目的を達成できるのであれば、その軽い手段を優先すべきとする原則です。日常生活の些細な行為や誤解に基づくものの場合、そもそもストーカー行為としての悪質性は高くありません。悪質性の低い事案に対して重い警告を行うことは、比例原則に違反することになります。
軽微な事案では、当事者間で誤解を解き、今後の非接触を約束することで、「更に当該行為をするおそれ」の要件自体を否定する道もあります。私の依頼者のケースでも、このような反論によって文書警告に至らずに終了した事案が複数あります。
警察との接点が生じた早い段階で、弁護士とともに比例原則と要件不該当の主張を組み立てる。これが最も有効な防御手段です。
(関連記事:ストーカー規制法の警告を阻止する方法)
9 警告が出てしまった後の対応
警告が出てしまった場合でも、手立てがないわけではありません。実務上「行政指導」扱いであることを逆手にとって、行政手続法第36条の2の行政指導中止の申出制度を利用することができます。
ストーカー警告は、警告の時点で指導自体が完結する形ですので、「中止」というよりは「撤回」を求める性格に近いものになります。申出をすると警察から回答書が届きますが、その検討過程は、別途、保有個人情報開示請求をかけなければ把握できません。開示を受けても、ほぼ黒塗りで戻ってくるのが実情です。
それでも、この手続には実益があります。ストーカー扱いを受けた方の言い分を、警察に正式な形で記録させられること、それ以上の措置(禁止命令、逮捕)への発展をブロックできる可能性があること、この二点が主な実益です。
(関連記事:ストーカー警告に対しては行政指導中止の申出を)
10 ご自身を守るために
ストーカー規制法が抱える問題を整理すると、次のように見えてきます。規制対象の基準が曖昧で、運用も緩い。警告は「行政指導」扱いで、事前の反論機会も保障されない。事後の救済は極めて困難。結果として、ある日突然ストーカー扱いをされ、これを覆す道がほとんど残されない、という状況が生じます。
どなたでも、予想外の経緯で当事者の立場に立たされることがあります。ご自身の立場を守るために、以下の点は押さえておいてください。
警察から連絡があった段階で、調書に安易な署名押印をしないこと。
民事上の正当な請求であっても、ご自身で直接相手に行わず、弁護士を介すること。
警告が出る前の段階で、弁護士とともに比例原則と要件不該当の主張を準備すること。
警告が出てしまった場合でも、行政指導中止の申出を含む防御策を講じ、禁止命令・逮捕への発展を阻止すること。
ストーカー扱いを受けた側が被るダメージは甚大です。早い段階での弁護士相談が、ご自身の立場を守る最も有効な手段となります。
今後もこのテーマについて、引き続き取り上げていきたいと考えています。
以上
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