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不法就労助長違反認定事件――過失のない者への退去強制が、最高裁で問われている

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不法就労助長違反認定事件――過失のない者への退去強制が、最高裁で問われている

不法就労助長違反認定事件――過失のない者への退去強制が、最高裁で問われている

2026/04/19

不法就労助長違反認定事件

――過失のない者への退去強制が、最高裁で問われている

1 ある通訳者の話

 Xは、外国人労働者派遣業を営む会社の契約社員である。部署は管理部で、職務は翻訳・通訳。採用判断の権限は、業務部の正社員と代表者にしかない。Xは、末端の補助者として書類を受け取り、正社員に渡す役割を担っていた。

 ベトナム人の採用希望者Aが面接に来た。Aは、別のベトナム人B名義の在留カードを持参していた。Xは、在留カードの原本を確認し、法務省が推奨する読取アプリで真贋を確認した。旅券その他の書類も原本で確認した。法務省が「これで確認すれば足りる」と示している方法に、それ以上を重ねた。

 カードは本物であった。Aは他人名義のカードを使用しただけである。後にそれが判明したとき、Aは他人名義在留カード行使の罪で起訴された。偽造の罪ではない。

 Xは、入管法24条3号の4イに基づく違反認定処分を受けた。不法就労助長行為をした者として、退去強制の手続に入った。今、最高裁に係属している。

2 過失のない者が退去強制されるのか

 争点は、はっきりしている。不法就労助長という退去強制事由の成立に、過失が要るか要らないか。

 原判決は、過失は要らないとした。入管法73条の2(刑事罰としての不法就労助長罪)には過失免責のただし書があるが、退去強制事由には同様の規定がない、だから過失は要らない、と言う。

 これが通るなら、こういうことになる。ICチップ読取アプリが「真正」と判定した在留カードを確認した者でも、その持ち主がなりすましであれば、退去強制の対象となる。何を確認すれば安全なのかは、誰にも分からない。

 原判決は予備的に、「マスクを外させて顔写真と照合すれば気づけた」とも言う。面接の場は食品加工工場で、衛生管理上マスクを外すことは厳禁であった。しかも、コロナ禍で社会全体がマスク着用を求めていた時期である。その状況下で、面接相手にマスクを外せと命じなかったことが、退去強制に値する過失であるとされた。

3 「ただし書がないから過失不要」は本当か

 原判決の論理は、条文の表面しか見ていない。

 刑法の世界には原則がある。故意犯を処罰するのが原則で、過失犯を処罰するには特別の規定が必要である(刑法38条1項)。ただし書は、この刑法体系のもとで確認的な意味を持っているにすぎない。刑事罰の体系の外に出て退去強制の世界に来たとき、同じ形式のただし書を置かないのは、単にそれが必要ないからである。ただし書がないことと、過失が要らないこととは、別のことである。

 退去強制は刑罰ではない。しかし、在留資格を奪い、本人の生活基盤を根本から奪う。刑罰より軽いと言える処分ではない。にもかかわらず、刑罰には過失免責があって、退去強制にはない。これが立法者の意図した制度設計なのかと言えば、国会の議事録にその議論は残っていない。

4 過失責任主義は行政処分にも及ぶ

 この論点は、入管に限った話ではない。

 過料は、行政処分の一種である。路上喫煙の過料処分について、東京高裁は、過失のない者に過料を課しても抑止効果が生じないから、過失が必要だと判断した(横浜市路上喫煙条例事件)。過料のような軽い処分ですら過失を要求する。退去強制のような重大な処分で過失を要求しない、という整理は、処分の軽重の秩序から逆立ちしている。

 行政法・刑事法の研究者も、過失責任主義は行政制裁にも妥当すると論じている。阿部泰隆神戸大学名誉教授による意見書は、信山社『自治研究』令和8年6月号に掲載される予定である。興津征雄神戸大学教授は、「過失がなかった人を退去させても抑止効果があるとは思えない。不利益は極めて大きい。過失がない場合にまで適用するのは重すぎる」と原判決を新聞紙上で批判している。

5 法務省自身の解釈と矛盾する

 皮肉なのは、原判決の解釈が、法務省自身の解釈と矛盾していることである。

 法務総合研究所が入管職員に配布する研修教材は、「退去強制事由の多くはその事実が存在するのみで成立するが、本人の主観的意図を立証する必要のある例外がある」として、例外類型を列挙している。その一つが、入管法24条4号ル(不法入国等帯助者)である。4号ルも、条文上は目的要件を明示していない。それでも法務省は、目的(知情性)が要求されると自ら職員に教えている。

 元法務省入国管理局長・髙宅茂は、『入管関係法大全』で、「他の外国人に係る行為を原因とする退去強制事由」には過失が必要だと解説する。同号イは、まさにこの類型に属する。

 法務省は、一方で「4号ルには目的が必要」と職員に教えながら、他方で同じ形の条文である同号イについては「過失すら要らない」と裁判所で主張している。同じ屋根の下に別々の原則が同居している。

6 世界の標準と比べて

 行政的な制裁と刑事責任を区別したうえで、行政制裁においても過失責任主義を明文化した法制は、先進国の入管法に共通してみられる。

 米国は「善意の抗弁(Good Faith Defense)」を法定し、定められた確認手続に従った雇用主を免責する。英国は「制定法上の抗弁(Statutory Excuse)」を用意し、真正書類のなりすまし使用について「合理的に明白」な場合に限り責任を問う。EU指令2009/52/ECは、偽造書類または「不正使用(misused)」された書類を提示された雇用主は、偽造であることを知っていた場合を除いて責任を負わないと明記する。

 Xの行為は、米国では善意の確認として、英国では「合理的に明白」でないとして、EUではmisusedの典型例として、いずれも保護される。日本の原判決だけが、Xを保護しない。

7 入管は聖域ではない

 原判決の論理が通るためには、ひとつの前提が必要になる。「入管処分については法の一般原則が適用されない」という前提である。そうでなければ、過失責任主義という一般原則を排除した論理が通らない。

 入管は聖域か。

 そうではない。入管法も法律である。法律の解釈には、法の一般原則が補完的に及ぶ。過失責任主義は刑事法の原則であると同時に行政法の原則でもあり、入管法に特別の定めがない限り、当然に及ぶ。

 米国・英国・EUが、いずれも入管法の分野で過失責任主義を明文化していることは、入管行政の特殊性が一般原則を排除する理由にならないことを示している。むしろ、入管処分の重大性ゆえに、一般原則を明文で確認したのである。

8 同じ状況にある方へ

 この事件の争点は、Xだけの問題ではない。

 不法就労助長の違反認定を受けた当事者。他人の不正行為に巻き込まれ、自らには過失がないと考えている当事者。行政処分一般において過失を問題としている当事者と関係者。この事件の行方は、そのいずれにも関わる。原判決が維持されれば、同じ論理で処分される者が、次に現れる。

 Xが退去強制されるかどうかは、一人の外国人契約社員の運命の話である。しかし、制裁的行政処分に過失が要るかどうかは、すべての市民と在留外国人の運命に関わる、法の一般原則の話である。後者が、最高裁に問われている。

 代理人としては、最高裁がこの機会に答えを示すことを、強く求めている。

以上

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