日本短期滞在中の中国籍船員・観光客・出張者が万引き(窃盗)で逮捕されたら ― 「悪気はなかった」を弁護人としていかに主張するか
2026/05/20
日本短期滞在中の中国籍船員・観光客・出張者が万引き(窃盗)で逮捕されたら ― 「悪気はなかった」を弁護人としていかに主張するか
1. はじめに
このたび、札幌市内の土産店で来日当日の中国籍の女性船員(42歳)が約752円相当の菓子1点をかばんに入れたまま店外へ出たところ、警備員に発見され、窃盗の現行犯で逮捕された旨の報道がございました(報道時点・2026年5月)。同女性は「悪気があってやったことではない」として容疑を否認しているとされております。
報道のあった本件はあくまで個別の事案であり、本記事では同種の類型として共通する論点を一般論として整理いたします。具体的には、短期滞在者特有の刑事手続上の難所、わずかな金額の万引きから派生する強制送還・在留資格喪失の連鎖リスク、否認事件における故意(主観要件)の争い方、そして当事務所が外国人刑事弁護で取り組んでまいりました実務をご案内申し上げます。日本に駆けつけられたご家族、あるいは中国本土でこの記事をお読みになっているご家族・ご友人の皆様に、少しでも事案の見通しを持っていただける一助となれば幸いでございます。
2. 短期滞在者の刑事手続の見取り図
日本の刑事手続は、現行犯逮捕後、①警察段階(最長48時間)、②検察段階(最長24時間)、③検察官の勾留請求、④裁判官の勾留決定(最長10日、延長で更に最長10日)、⑤起訴または不起訴の判断、という流れを辿ります。このうち、最初の72時間に勾留を阻止できるか否かが、事件全体の最大の分水嶺となります。
短期滞在者(船員・観光客・出張者)は、ここで構造的に不利な立場に置かれます。第一に、日本国内に定まった住居がなく、刑事訴訟法60条の勾留要件(「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」)の判断において不利な評価を受けやすい。第二に、日本国内のご家族・ご友人が少なく、身元引受人の確保が容易でない。第三に、ビザの有効期限・出航日・出張帰任日等の客観的な時間制約が、ご本人の焦りと判断ミスを増幅させやすい。
それゆえ、短期滞在者の事案では、初動接見の段階から外国人事件に精通した弁護人が介入し、中国のご家族・所属会社・船舶代理店等からの身元引受書、出国予定日・在留期限の客観資料、宥恕状(後述)等を裁判官に対して機動的に提出して、早期の勾留回避を狙う活動が、弁護の核心となります。
3. 「たかが752円」では済まされない ― 強制送還と在留資格への連鎖
「お菓子1袋くらい、罰金で済むのでは」――このご家族のご感覚は、外国人事件においてしばしば致命的な落とし穴となります。窃盗罪(刑法235条)の法定刑は「10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」であり、少額の万引きでも、十分に起訴されうる類型です(拘禁刑は令和7年6月施行・改正刑法による自由刑一本化後の名称です)。
そして、外国人当事者にとってより深刻なのは、入管法24条各号に列挙された退去強制事由との連鎖です。同条4号リは「無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者」を退去強制対象としており、窃盗罪での有罪が直ちに本号該当となる場面は限定的でございますが、宣告刑によっては該当しうるところでございます。同条4号ロには「刑罰法令に違反して拘禁刑に処せられた者」の規定があり、資格外活動関連の運用とあわせ、号ごとの精査が不可欠です。号別の構造には微妙な差異(4号リには執行猶予全部の場合の除外規定がある一方、薬物関連の4号チには執行猶予による除外がない等)があり、「執行猶予が付けば日本に居られる」と一括して説明することは、入管法24条の構造を正確に把握していない判断と申し上げざるを得ません。
加えて、たとえ不起訴処分を獲得したとしても、次回の上陸審査において「素行不良」と評価される余地は残ります。中国本土に一旦帰国された後、次回の日本ビザ申請において、今回の記録が長期間の審査障害となるリスクも見過ごせません。短期滞在者の「一度の小さな過ち」が、「生涯の入国困難」へと転化しうる――これが外国人刑事事件特有の重さです。
4. 不起訴処分こそが唯一のセーフハーバー ― 執行猶予判決は合格ラインではない
「監獄に入らなければ十分だ、執行猶予なら勝ちだ」――このご理解は、外国人事件には全く当てはまりません。
入管法24条各号の多くは、「拘禁刑に処せられた者」を発動要件としており、執行猶予判決を獲得しても、条文上は当然には退去強制対象から除外されないのです。すなわち、執行猶予が付いたにもかかわらず退去強制手続が開始される類型は、実務上きわめて多く存在いたします。一旦退去強制手続に進めば、執行猶予下の「自由」は、入管収容施設での身柄拘束に実質的に置き換わり、最終的には本国へ送還されます。
したがいまして、外国人刑事弁護の最終目標は、「執行猶予の獲得」ではなく、起訴前段階からの「不起訴処分の獲得」に置く必要がございます。検察官面談、検察官への不起訴意見書の提出、被害店舗からの「許す」「処罰を望まない」旨の宥恕状の取得、ご本人の反省態度の客観的立証、ご家族の監督体制の構築、再犯防止の具体的方策の提示――これらの活動は、起訴後では取り返しがつきません。
入管法24条の構造を正確に把握しないままに「執行猶予で十分」と説明される弁護人を選任されることは、結果として在留資格喪失・強制送還という重大な不利益につながりかねません。当事務所は、刑事段階から退去強制手続を一体的に視野に入れた弁護方針を、一貫して採用してまいりました。
5. 「悪気はなかった」をどう争うか ― 窃盗罪の故意要件論
短期滞在者の万引き事案には、本当に故意がなかった、すなわち、言語の壁・習慣の違い・長旅の疲労・服用中の薬の副作用・体調不良に伴う一過性の記憶障害等の事情によって、商品をかばんに入れたまま会計を経ずに店外に出てしまったというケースが、現実に一定数存在いたします。
窃盗罪は、刑法38条1項の原則により故意を要件といたします。客観的に「他人の占有する物を自己の占有に移転させる」行為があったとしても、「その占有移転を認識・認容している」主観状態が伴わなければ、構成要件該当性は否定されうる。「会計は済ませたつもりだった」「無料の試供品だと思った」「自分のかばんに入れた認識自体がなかった」――これらの主張は、個別の証拠状況に応じて、故意の成立を否定する余地があるものとして、丁寧に検討されなければなりません。
弁護人として故意の不存在を争うにあたっては、①ご本人の精神・身体の状況に関する客観資料(健康診断書・通院記録・服薬記録等)、②防犯ビデオの全行程の精査(「商品をかばんに入れた瞬間」だけを切り取った映像では足りず、来店から退店までの全行動――値札確認の有無・レジに向かう動線・退店時の様子等――の総合判断が必要となります)、③客観的状況(十分な現金・カードの携帯、商品を隠匿する意図の有無、退店時の態度等)を、丹念に積み上げてまいります。
そして、外国人事件において特に意識すべきは、刑事事件における故意・過失の議論が、その後の入管手続の争点構造にも波及するという点です。仮に刑事事件で故意が認定されたとしても、「退去強制事由の判断にあたって故意・過失要件を要するか否か」という論点については、現在、当事務所の松村大介弁護士が、別途、不法就労助長罪認定事件において正面から係争中でございます。これは、刑事法上の責任主義(「責任なくして罰なし」)の射程を、行政処分にどこまで及ぼすかという、憲法論・行政法論上の根本問題であり、本所が外国人事件で展開してまいりました独自の論点です。
6. 当事務所の解決事例と体制
当事務所は、外国人刑事弁護において、故意争い型・不起訴処分獲得型・在留特別許可獲得型の事案について、具体的な解決実績を積み上げてまいりました。
事例A-1(覚醒剤取締法違反〔営利目的所持〕で無罪判決獲得):覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された中国籍依頼者について、捜査側証拠の徹底解析と被告人質問・反対尋問の精緻な展開を通じて、無罪判決を獲得いたしました。裁判員裁判対象事件・世間的に注目を集めた重大事件であり、本所は故意・目的等の主観要件の争いに豊富な実務経験を有しております(弁護士ドットコム掲載)。
事例B-1(特殊詐欺出し子事案・20代女性の不起訴処分獲得):特殊詐欺の出し子行為に関わったとされた20代女性について、依頼者本人の主観的事情(指示役からの欺罔・脅迫的状況、犯意の不存在等)を総合的に主張し、不起訴処分を獲得いたしました。「外形上は犯罪行為に関与していたが、内心では事情を知らない・故意がない」という類型の典型事案として、本所の弁護方針が結実した一例でございます。
事例D-1(難関な在留特別許可を「1発」で獲得):観光目的で来日された相談者が、在留資格を喪失し不法滞在で逮捕・起訴された事案において、入管庁過去許可事例の精査、依頼者有利の証拠の発掘、憲法14条1項平等原則の主張展開等を通じて、1発で在留特別許可を獲得いたしました(弁護士ドットコム掲載事例79877号)。刑事手続後の入管手続段階に至りましても、当事務所は最後の救済を狙う体制を備えております。
当事務所の最大の特徴として、松村大介弁護士が接見の初動から公判の結審まで全工程を直接担当いたします(事務員・若手弁護士による代行は行いません)。また、当事務所には外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しており、捜査機関の指定通訳とは別に、依頼者ご本人のために動く立場の通訳を、刑事手続全般にわたってご利用いただけます。さらに、提携の行政書士事務所と連携し、刑事手続終了後の在留資格更新・変更等にもワンストップで対応しております。
7. 結語
短期滞在のわずか数日間、菓子1袋という小さな過ちが、二度と日本国境を越えられないという重大な結果に転化しうる――これが外国人刑事事件のもっとも厳しい一面です。「悪気はなかった」というご本人のお言葉が、刑事手続の中で正当に受け止められ、尊重されるか否かは、弁護人が初動72時間にどれだけ精密かつ専門的な活動を展開できるかにかかっております。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。本記事に記載した過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。中国本土にいらっしゃるご家族・ご友人の方、あるいは日本に駆けつけられたご家族の方が、緊急の状況に直面された際には、どうかお早めに当事務所にご連絡くださいませ。当事務所では、接見の初動から公判の結審まで、松村大介弁護士が直接担当いたします。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士 第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録) 舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階) 中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。 覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
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