「いいね」はストーカー規制法に当たらない|処罰は罪刑法定主義(憲法31条)違反
2026/04/29
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「いいね」はストーカー規制法に当たらない
── 都城事件・GPS最決・調査官解説から導かれる帰結 ──
結論
「いいね」を押す行為はストーカー規制法の規制対象に当たらない。これを犯罪事実として5号違反で起訴すれば、無罪である。
罪刑法定主義の要請、立法過程の沈黙、最決令和2年7月30日の論理、調査官解説の評価のいずれもが、同一の方向を指している。本稿は、これがなぜ揺るがない結論であるかを示すものである。
そして、「いいね」を処罰することは、罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反する。
第1 都城事件 ── 何が問われているのか
2026年4月、宮崎県都城市の事務員(51歳)が、20代女性のSNS投稿に「いいね」を連続送信したとして、ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「法」)違反の容疑で逮捕された。被疑者は法5条所定の禁止命令を受けており、その違反が問われている。
マスコミは「ストーカー規制法違反」と一括して報じるが、法律論としての本件の核心は別にある。すなわち、SNSの「いいね」が法2条1項5号・同条2項2号にいう「電子メールの送信等」に該当するかという、極めて純然たる構成要件解釈の問題である。
一見、肯否両説が拮抗するかにも見える。しかし、これは見かけの拮抗にすぎない。順次その理由を示す。
第2 条文の構造
法2条1項5号は、「拒まれたにもかかわらず、連続して、…電子メールの送信等をすること」を「つきまとい等」の一類型とする。「電子メールの送信等」の意義は同条2項に定義される。
一 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信…の送信を行うこと。
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人がその入力する情報を電気通信を利用して第三者に閲覧させることに付随して、その第三者が当該個人に対し情報を伝達することができる機能が提供されるものの当該機能を利用する行為をすること。
「いいね」が問題となる場面は、もっぱら2項2号である。同号は技術中立的な抽象規定として書かれており、形式的にはリアクション機能をも取り込み得る書き振りに見える。ここに解釈論争の入口がある。
だが、入口の見かけと出口の結論は別である。条文の文理は、むしろ「いいね」を排除する。
第3 立法過程は何を語っているか
1 平成26年報告書
「電子メールの送信等」を5号に取り込む契機となった有識者検討会の平成26年報告書(警察庁)は、規制対象として明確に「メッセージ」「コメント」「書き込み」を列挙している。
「電子メールと同様、SNSによるメッセージの連続送信については、つきまとい等として規制することとし、ストーカー規制法第2条第1項第5号の電子メールと同様に位置付けるべきである」
「ホームページや電子掲示板への書き込み等も、例えば相手方が開設するホームページへの書き込み等、当該行為が相手方に対する直接的な行為と評価できる場合には規制対象とするべきである」
「リアクション」「いいね」「ハート」への言及は、報告書のどこにもない。
同報告書(3〜4頁)は、ホームページ等への書き込みについて、次のように述べている。
「ホームページや電子掲示板への書き込み等も、例えば相手方が開設するホームページへの書き込み等、当該行為が相手方に対する直接的な行為と評価できる場合には規制対象とするべきであるが、そのように評価できないような書き込み等まで『つきまとい等』に含めることについては、規制の対象が広くなりすぎるとの懸念もあることから、規制については、表現の自由とのバランスを踏まえた検討が必要である。」
ここで着目すべき点は2つある。第1に、報告書が念頭に置いているのは、電子メールにせよ、SNSのメッセージにせよ、掲示板にせよ、文字による「書き込み」である。第2に、書き込みであっても、規制対象とするのは「当該行為が相手方に対する直接的な行為と評価できる場合」に限るべきだとして、表現の自由との関係で規制の拡大に歯止めをかけている。
そもそも報告書の議論の出発点は、逗子事件を受けて電子メールの連続送信が規制されたのに、SNSによるメッセージの送信が規制対象外のまま残っているという点にあった。立法者の意思は、メッセージの送信を規制することにあったのであり、「いいね」等を想定していたはずがない。そして「いいね」は、そもそも「書き込み」に当たらないし、相手方に対する直接的な行為とも評価し難い。報告書自身が付した歯止めの外側にある行為である。
2 国会審議録
平成28年改正(法律第102号)・令和3年改正の国会審議を逐一たどっても、「いいね」「リアクション」を5号・2項2号に取り込む趣旨の質問・答弁は皆無である。立案担当者(警察庁生活安全局長)の答弁が想定として明示するのは、「SNSによるメッセージの送信等」「ブログ等の個人のページにコメント等を送ること」のみである。
3 ストーカー規制法ハンドブックの権威解釈
実務上最も権威ある逐条解説たるストーカー規制法ハンドブックは、2項2号の該当例を次のように記述する。
「例えば、被害者が開設したブログや被害者のSNSの個人情報発信ページ等において提供されるコメント機能等を利用する行為がこれに当たると考えられる」(同書45頁)
挙げられている例は「コメント機能等」のみである。立案担当者・実務家・解説者のいずれの口からも、「いいね」を取り込む明示的な意思は語られていない。
立法者の沈黙は、立法事実の不存在を意味する。罪刑法定主義の前で、これは決定的に重い。
4 「思想」を伝える行為という共通項
ストーカー規制法の「つきまとい等」のうち、意思の伝達に関わる類型を通して見ると、ひとつの共通項が浮かび上がる。規制されているのは、基本的に、行為者の「思想」を相手方に伝達する行為である。
文書の送付はその典型であり、制定当初から規制対象とされていた。ストーカー規制法ハンドブックにおいて白紙の送付が規制対象外とされているのも、白紙には伝達されるべき「思想」が含まれていないからである。
電子メールが規制対象に加えられたのは、文書と同じ機能を持つからである。その流れの中で、SNSやLINEなどのメッセージも規制対象となった。しかし、文書も、メールも、メッセージも、もともと紙の手紙の延長線上にある。いずれも行為者の「思想」を内容とし、かつ、文章を作成して特定の相手に送るという一定の「積極性」「能動性」を備えた行為である。
「いいね」はどうか。クリック1回の反応には、伝達されるべき「思想」の内容が乏しい。文章の作成もない。手紙の延長線上に置くことは、到底できない。
第4 ストーカー規制法は司法と立法の対話で進化してきた
ストーカー規制法の改正史を一言で表せば、「司法による限定解釈 → 立法による明文化」の繰り返しである。本件もこの軌道から外れない。
1 逗子事件(平成24年)── 電子メールの非規制
平成24年11月、逗子市で被害女性が殺害された事案では、加害者は1日80通~100通の脅迫的メールを連続送信していた。
当時の法2条1項5号は、「電話をかけ若しくはファクシミリ装置を用いて送信する」と定めるのみであった。電子メールの連続送信は規制対象外。捜査機関はメール行為そのものを5号違反として立件することができず、別途の脅迫罪等で対応する以外になかった。
規制範囲外であるがゆえに起訴できない ── これが罪刑法定主義の現実の姿である。事後の平成25年改正(法律第73号)が「電子メール送信」を5号に追加して初めて、当該行為類型は規制の射程に入った。
立法者の判断は明白である。新しい技術類型を規制対象とするには、解釈ではなく立法による明文化を要する。司法も実務もこの判断を尊重してきた。
2 GPS事件最決令和2年7月30日 ── 決定的先例
(1) 事案
被告人が別居中の妻Aの自動車にGPS機器を密かに取り付け、その後多数回にわたり位置情報を探索取得した。これが法2条1項1号の「住居等の付近において見張り」に該当するかが争点となった。
- 第1審・福岡地判平成30年3月12日 ── 該当性肯定。懲役1年。
- 第2審・福岡高判平成30年9月20日 ── 第1審を職権破棄。GPS関連部分について該当性否定。懲役8月。
- 上告審・最決令和2年7月30日刑集74巻4号476頁(平成30年(あ)第1528号) ── 上告棄却。裁判官全員一致。
(2) 福岡高判の罪刑法定主義論 ── 直接的かつ容赦なき
控訴審判決は、第1審判決の拡張解釈を真正面から斥けた。その論理は、本件「いいね」問題にそのまま転用可能である。
「『見張る』は、辞書的定義のとおり、『視覚等の感覚器官を用いた相手方の動静観察行為』を本来的には指すものである。…観察行為自体に行為者の感覚器官が用いられることを当然の前提にしていると解するのが自然である」
「『視覚等の感覚器官を用いた』動静観察行為であることは、『見張り』という文言の基本的で重要な要素というべきであり、当罰性の観点や社会生活の変化等は、これとかい離した解釈を許容する理由とはなり得ない。…『見張り』概念の辺縁が不明確となり、国民にとっての予測可能性が確保し難いものとなってしまう」
「感覚器官の作用を補助し又は拡張する双眼鏡等の道具を用いることは別論として、感覚器官の作用とは全く異なる機構によって相手方の動静情報を収集する機器を用いる行為は、更なる『見張り』等のための準備、予備行為とはなり得ても、『見張り』の実行行為そのものではない」
ここに示されているのは、刑罰法規解釈の原則それ自体である。文言の通常の意味から離れた拡張解釈は、当罰性論や社会変化論を理由としても許されない。これが罪刑法定主義の鉄則である。
(3) 最高裁の判旨
「ストーカー規制法2条1項1号にいう『住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所…の付近において見張り』をする行為に該当するためには、機器等を用いる場合であっても、対象者の『住居等』の付近という一定の場所において同所における対象者の動静を観察する行為が行われることを要するものと解するのが相当である」
最高裁は控訴審の罪刑法定主義論を全面的に是認し、文理に忠実な厳格解釈を採用した。
(4) 調査官解説の決定的評価
吉戒純一調査官による解説(最高裁判所判例解説刑事篇令和2年度107頁)は、本判決の射程をこう総括する。
「本判決は、第1審判決がストーカー規制法の目的や社会生活の変化等を指摘して上記該当性を肯定する解釈を採ったのに対し、同法の文理等が越え難い制約となることを示したものといえ、実務上重要な意義を有するとともに、刑罰法規の解釈の在り方を考える上でも示唆に富むものと思われる」
最高裁判所調査官 ── 判例の射程を最も正確に把握する立場 ── が公式に述べたのは、「ストーカー規制法の文理は越え難い制約である」という命題である。これは、本件「いいね」問題を含むストーカー規制法の他の構成要件解釈にも、当然に妥当する。
立法者が想定していない技術類型を解釈で取り込むことは、本判決の射程を切り崩す試みにほかならず、認められない。
(5) 立法的応答 ── 令和3年改正
本最決を受けて、警察庁の有識者検討会(令和2年10月開催)報告書を踏まえ、令和3年5月18日に法改正法(法律第45号)が成立。法2条3項として「位置情報無承諾取得等」が新設された。司法判断 → 立法による明文化 ── この経路は、もはやストーカー規制法における鉄則である。
第5 GPS事件の論理を「いいね」に当てはめる
1 構造的同一性
両事案は、一見技術が異なるだけで、法律論としての構造は同一である。
|
観点 |
GPS事件 |
「いいね」 |
|
立法時の想定 |
直接の動静観察 |
コメント・メッセージ・リプライ |
|
登場した新技術 |
GPSによる位置情報取得 |
リアクション機能 |
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文言の通常意味 |
感覚器官による動静観察 |
情報の能動的送信 |
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立法者の沈黙 |
GPSは想定外 |
リアクション機能は想定外 |
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結論 |
該当しない(最決令和2.7.30) |
該当しない(同じ論理) |
2 最決の論理を文字どおり当てはめる
GPS事件最決の判旨を「いいね」に翻訳すれば、次の判決文がそのまま書ける。
「ストーカー規制法2条1項5号、同条2項2号にいう『情報を伝達することができる機能を利用する行為』に該当するためには、ハンドブックが具体例として示すコメント機能等のように、特定の被害者に対し能動的に情報内容を伝達する行為が行われることを要するものと解するのが相当である。所論のように、リアクション機能の利用一般を含むと解することは、立法者が想定した類型からかい離するものであって、採用することができない。」
「いいね」はクリック1回のバイナリ反応であり、独立した情報内容を持たない。これを「情報の送信」「情報の伝達」と評価することは、文言を超える。「双眼鏡と全く異なる機構の機器」が「見張り」の実行行為そのものではないとされたのと、論理は完全に同一である。
刑法学の議論も同じ方向を向いている。金尚均「SNSのいいね・シェア/リツィートの可罰性」龍谷大学社会科学研究年報52号63頁以下(2022年)は、ドイツのKrischkerの見解を紹介する。それによれば、「いいね」は元の投稿に何の影響も与えることができず、内容への同意を示すにとどまって、押した者固有の思考過程を表すものではない。金尚均教授自身も、「いいねクリックそのものは、かならずしも積極的意味を持っているとは限らない。」と述べ(同71頁)、「いいね」は投稿への賛同とは限らず、注目の証として、あるいはあいさつ程度に押されることもあると指摘している。「いいね」は伝達されるべき独自の情報内容を持たない。この点で、刑法学の評価は本稿の理解と同じ方向にある。
3 東京高判令和4年10月20日も「いいね」の意味は当然には定まらないとした
「いいね」をめぐる代表的な裁判例である東京高判令和4年10月20日(判タ1511号138頁。最決令和6年2月8日により上告棄却・上告不受理で確定)は、民事の名誉感情侵害を認めた判決であるが、その判断の前提として、「いいね」を押す行為が好意的・肯定的な感情を示したものと一般的に理解されているとしても、「対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしているかが当然に明確になるというものではない」と述べる。さらに、「『いいね』を押すことは、ブックマークとして使用する場合があるなど、対象ツイートに対する好意的・肯定的な評価をするため以外の目的で使用することがあることも認められる」とも述べている(上本翔大・新・判例解説Watch憲法No.237における判決の引用による)。
民事の裁判所でさえ、「いいね」それ自体から何が伝えられたのかは当然には定まらないと認めているのである。民事であれば、押した者と相手方との関係や押すに至った経緯を総合して、その意味を補うことが許される。しかし、刑罰法規の構成要件該当性を、行為の外にある事情の総合考慮で補うことは許されない。「いいね」は、それ自体としては、たかが「いいね」にすぎない。そこに相手方へ伝達される「思想」を読み取ることには、根本的な疑問がある。
4 比較法:「いいね」の刑事責任は第三者への「流布」の問題として論じられてきた
刑法学では、「いいね」の可罰性は主に名誉毀損・侮辱の分野で論じられてきた。金・前掲論文は、ドイツとスイスの議論を紹介している。
スイス連邦裁判所2020年1月29日判決(6B_1114/2018)は、いいね・シェアがスイス刑法173条2文の中傷の「流布」に当たり得るとした。しかし、同判決は、いいね・シェアの可罰性を一律に肯定したものではない。元の投稿を目にする人の範囲がどれだけ広がったかを個別に検討する枠組みであり、親が子の投稿に無批判に「いいね」を押すような場合が、直ちに処罰されるわけではない例として挙げられている(同論文の紹介による)。ドイツの議論も、他人の侮辱的投稿への幇助に当たるかという構図が中心である。
つまり、「いいね」が刑事責任の文脈で問題とされてきたのは、第三者への拡散への関与としてであり、本稿が参照した範囲では、被害者本人に対する意思の伝達として処罰を論じたものは見当たらない。これに対し、法2条1項5号・2項2号は、被害者本人に向けた伝達行為を類型化した規定である。比較法の議論を借りて「いいね」を5号に取り込むことはできない。
5 予測可能性 ── 萎縮効果は許容できない
SNSにおける「いいね」は、日々何億回と行われる、最もありふれたデジタル行為である。これを刑事処罰の構成要件に取り込めば、
- どの段階で「連続」と評価されるか不明確
- 「拒まれた」を行為者がいつ認識すべきか曖昧
- ボタン1回押下が刑事処罰の起点となり得るとの萎縮
これらが直ちに具現化する。福岡高判の表現を借りれば、「国民にとっての予測可能性が確保し難い」状態である。明確性の原則(徳島市公安条例事件・最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁)が許容する範囲を超える。
問題はリアクション機能にとどまらない。「いいね」が規制対象に入るのであれば、ブックマークはどうか。相手方が通販サイトに商品を出品していて、それを買い物かごに入れたことが相手方に通知される場合はどうか。前記の東京高判が指摘するとおり、「いいね」自体がブックマーク代わりに使われることもある。相手方に通知が届くワンクリックの操作は、SNSにも通販サイトにもいたるところにある。どこからが処罰対象なのか、条文からは誰にも分からない。
6 「いいね」の処罰は憲法31条(罪刑法定主義)に違反する
以上を憲法の次元で整理すると、「いいね」を法2条1項5号・2項2号で処罰することは、憲法31条が保障する罪刑法定主義に違反する。理由は2つある。
第1に、類推解釈・拡張解釈の禁止である。憲法31条は、何が犯罪となるかをあらかじめ法律で定めることを求めている。立法者が想定せず、条文の例示にもなく、能動的な情報内容の伝達という規定の本質も欠く「いいね」を、被害者保護の必要性を理由に5号に取り込むことは、法律ではなく解釈によって新たな犯罪類型を作り出すことになる。GPS事件最決が「見張り」の文理を越える解釈を認めなかったのも、この要請に沿うものである。
第2に、明確性の原則である。最高裁は、刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するかどうかは、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである」とする(徳島市公安条例事件・最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁)。仮に2項2号が「いいね」まで含み得ると読むのであれば、相手方に通知が届くワンクリックの操作のどこまでが処罰対象となるのか、一般人には判断のしようがない。そう読む限り、同号は不明確であり、少なくとも「いいね」に適用する限度で憲法31条に違反する。
いずれの道をたどっても、「いいね」を処罰することは憲法31条と両立しない。都城事件の捜査は、この憲法上の問題を正面から抱えている。
第6 民事先例を持ち出す論法は採れない
最決令和6年2月8日(東京高判の上告不受理)が、誹謗中傷ツイートに対する「いいね」につき民法709条の不法行為を肯定した点を、肯定説の側から援用する論法がある。これは破綻している。
民事不法行為の認定は、当該「いいね」の文脈・対象・回数・行為者の地位を総合考慮した個別事例的判断である。社会通念上許される限度を超えるかという規範的評価と、構成要件該当性の判断 ── 予測可能性と明確性が要請される ── は、機能と要請が根本的に異なる。
GPS事件最決自身が、控訴審段階で異なる判例(平成29年福岡高判)が併存していたにもかかわらず、文理に忠実な厳格解釈を採用した。民事先例を刑事構成要件解釈に直結させる論法は、この姿勢と相容れない。
刑法学の側でも、民事で不法行為とされた行為が刑法上も可罰的違法性を持つのかは、別個に問われるべき問題として設定されている(金・前掲論文65頁)。民事で「いいね」の違法性が認められたことは、刑事の可罰性を基礎づけない。
結語
条文の文理、立法過程、最決令和2年7月30日、調査官解説、罪刑法定主義 ── そのすべてが、同じ方向を指している。
「いいね」を押す行為は、ストーカー規制法2条1項5号・2項2号に該当しない。
そして、これを5号違反として処罰することは、憲法31条の定める罪刑法定主義に違反する。
これは「両説あり得る」議論ではない。一見の拮抗を解いていけば、結論は一義的に定まる。
ストーカー被害は深刻であり、被害者保護の必要性は誰も否定しない。しかし、その実現は立法府の仕事である。逗子事件後の平成25年改正、GPS事件後の令和3年改正がそうであったように、明文化された構成要件によってのみ、刑事規制は正当化される。
仮に立法府が「リアクション機能の連続利用」を規制対象に取り込むべきと判断すれば、法2条2項に第3号を追加すればよい。それまでは、現行法の解釈で先取りすることは許されない。
都城事件で問われているのは、被疑者の道義的非難可能性ではない。問われているのは、刑罰法規の射程を解釈で広げることが許されるかという、罪刑法定主義の根本問題である。答えは決まっている。広げてはならない。
主要参照資料
- ストーカー行為等の規制等に関する法律(e-Gov法令検索)
- 警察庁「ストーカー行為等の規制等に関する法律等の解釈及び運用上の留意事項について(通達)」(令和3年5月26日付丁生企発第82号等)
- 警察庁「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する報告書」(平成26年8月)
- ストーカー規制法ハンドブック(逐条解説)38頁~46頁
- 高野磨央「ストーカー行為等の規制等に関する法律の一部を改正する法律の逐条解説等について」警察学論集70巻1号
- 吉戒純一・最高裁判所判例解説刑事篇令和2年度107頁(平成30年(あ)第1528号事件・最決令和2年7月30日)
- 福岡高判平成30年9月20日
- 最決令和2年7月30日刑集74巻4号476頁(GPS事件)
- 佐賀地判令和4年2月17日(差戻後第1審・無罪)
- 四條北斗・大阪経大論集66巻1号306頁
- 永井紹裕・法律時報90巻11号131頁
- 秋山紘範・法学新報121巻3・4号318頁
- 嘉門優・平成30年度重要判例解説165頁
- 橋爪隆「GPS機器を利用したストーカー行為について」井上正仁先生古稀祝賀論文集209頁
- 警察庁「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する報告書」(平成26年8月5日、ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会)3〜4頁
- 東京高判令和4年10月20日判タ1511号138頁(最決令和6年2月8日により上告棄却・上告不受理)
- 上本翔大・新・判例解説Watch憲法No.237
- 金尚均「SNSのいいね・シェア/リツィートの可罰性」龍谷大学社会科学研究年報52号63頁以下(2022年)
- 最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁(徳島市公安条例事件)
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