在留特別許可は「公表事例」だけが世界ではない ― 憲法・行政法の原則を武器に、諦めなければ結論は動く ―
2026/04/25
在留特別許可は「公表事例」だけが世界ではない
― 憲法・行政法の原則を武器に、諦めなければ結論は動く ―
弁護士 松村大介(舟渡国際法律事務所)
「もう無理だ」と諦める前に、知っておいてほしいこと
在留特別許可。ご本人やご家族にとって、それはまさに人生を左右する一枚のカードです。
退去強制令書が発付され、収容され、訴訟でも敗訴し、もう打つ手がない――そんな局面で、最後の頼みの綱として在留特別許可を求める方は少なくありません。
しかし、こんな声をよく耳にします。
「入管の公表事例を見てみたが、自分の状況は当てはまらない。だからどうせ駄目だろう」
インターネットで在留特別許可のガイドラインや公表事例集を読み、自分のケースを当てはめて、勝手に「不許可確定」の宣告を自分自身に下してしまう方を、私は数えきれないほど見てきました。
本稿で伝えたいことは、ただ一つです。
在留特別許可の世界は、入管が公表している事例だけが全てではない。 憲法と行政法の原則を武器に、諦めずに闘えば、結論が動くことは現実にある。
本稿では、その理由を法理論と実例の両面から説明します。とりわけ、私が2026年4月24日に獲得した、前例のない在留特別許可事案を、その実証として紹介します。
まず誤解を正す ―― 「公表事例」は許可された全事案ではない
入管庁は、在留特別許可ガイドラインとともに、「在留特別許可された事例」と「在留特別許可されなかった事例」を公表しています。
多くの方は、これを「許可・不許可の網羅的なリスト」と誤解しています。しかし、実情は違います。
公表事例は「選別された一部のサンプル」
- 入管庁が公表する事例は、各年度に処分された全ての在特申請の一覧ではない
- 実務的・行政的な意味で「典型的」と判断された一部事例が、抜粋・要約された形で掲載されている
- 掲載されない事案の中には、ガイドラインの形式当てはめでは説明しづらい「実質判断」によって動いた事案も含まれうる
実際に在留特別許可の実務に携わったことのある弁護士なら、ガイドラインや公表事例から外れた、しかし実質的事情を考慮して許可された事案にいくつも触れているはずです。それらの多くは、当事者・代理人の守秘もあり、公にされることはありません。
公表事例の射程外=不許可確定、ではない。
この点を出発点として共有した上で、次に、なぜ「公表事例の射程外」でも結論が動きうるのかを、法理論の側から説明します。
法務大臣裁量の本当の姿 ―― マクリーン判決を「正しく」読む
外国人の在留に関する法務大臣の判断について、最高裁判所大法廷昭和53年10月4日判決(マクリーン判決)が「広汎な裁量」を認めていることは、よく知られています。
そしてこれが「広汎」だからという理由で、入管の判断はほぼ覆らない、と説明されることがあります。
しかし、ここに重要な落とし穴があります。
裁量=無制約、ではない
行政法の基本中の基本ですが、裁量権の行使は、
- 裁量権の逸脱があれば違法
- 裁量権の濫用があれば違法
と評価されます。広汎であろうと無制約ではなく、その行使は法の一般原則による枠付けを受けます。
裁量を枠付ける憲法・行政法の諸原則
入管行政の裁量判断は、次のような原則に照らして審査されます。
- 憲法31条 ―― 適正手続の保障(刑事手続のみならず行政手続にも及びうる)
- 憲法13条・25条 ―― 個人の尊厳・生活の基盤に対する配慮
- 比例原則 ―― 手段が目的に対して過剰であってはならない
- 平等原則 ―― 同様の事案を不合理に異別取扱いしてはならない
- 信義則 ―― 行政側の従前の取扱いに対する信頼の保護
- 責任主義 ―― 制裁的処分は対象者の帰責性を要求すべき
在留特別許可の判断もまた、これらの原則による枠付けを受けます。形式的にガイドラインの積極要素・消極要素を当てはめて結論を出すだけの作業ではないのです。
裁量の中身を、原則の側から問い直す。 ここに、外国人在留訴訟で結論を動かすための、現実的な突破口があります。
「諦めない」ことの、法的・実務的な意味
「諦めない」というと、精神論のように聞こえるかもしれません。しかし、外国人の在留問題における「諦めない」は、極めて具体的な法的意味を持ちます。
1. 主張立証を尽くすことが、裁量審査の前提を作る
裁量権の逸脱・濫用が問えるかどうかは、結局のところ、対象者側がどこまで具体的事情を提示できているかに依存します。家族関係・地域社会への定着・健康状態・帰国後のリスク・刑事手続での扱い・本人の帰責性の程度――これらを丁寧に主張立証することで初めて、入管・裁判所に「ガイドラインの形式当てはめでは捉えきれない実質的事情」を意識させることができます。
2. 手続を進めるほど、新たな事情が積み上がる
退去強制手続から行政訴訟、上告審へと進む過程で、依頼者側に有利な事情が新たに発生することは珍しくありません。たとえば、
- 身元引受人や雇用主の支援が固まっていく
- 日本での社会的つながりが評価可能な形で記録化されていく
- 健康状態など、人道的考慮を要する事情が顕在化する
- 比較事例や学説の蓄積により、法律論が補強される
「諦めずに闘う」とは、こうした事情の蓄積を待ち、それを行政・裁判所に届け続けるプロセスでもあります。
3. 法律論の積み上げが、後の判断者の判断空間を変える
上告審で展開した法律論は、たとえその審級で受け入れられなくても、入管が後行する処分判断を行う際の判断空間に影響を及ぼしうる――これは、私の実務経験上の確信です。
憲法・行政法の原則からの主張を粘り強く積み上げておくこと自体に、後行処分を動かす力があります。
実証 ―― 「公表事例の外側」で動いた、不法就労助長×単身者の在特獲得事案
ここまで述べてきた「諦めなければ結論が動きうる」という命題を、抽象論ではなく具体的事案で示します。
2026年4月24日、大阪入管は、当事務所の依頼者(中国人女性)に対して在留特別許可を付与しました。私はこの事案を、現在の入管実務における先例的価値を持つ獲得事例だと考えています。
依頼者のプロフィール ―― 公表事例には載らない類型
依頼者は、関西の人材派遣会社で契約社員として勤務していた中国人女性です。職務として外国人の面接を担当し、ベトナム人申請者の在留資格を見抜けなかったことを理由に、入管法違反の捜査対象となりました。
刑事手続は不起訴(起訴猶予)で終結。しかし、入管はこれと独立に違反認定を行い、退去強制事由(入管法24条3号の4イ)該当を認定。一審東京地裁、控訴審東京高裁ともに、入管の処分を支持しました。事件は現在、最高裁に係属中です。
本件は、その異例性ゆえに複数の媒体で報道されてきました。
- 毎日新聞(2025年7月) 「不法就労助長、落ち度なくても強制送還? 入管法の『不可解』な定め」
- 弁護士JPニュース(2025年9月15日) 「『日本は外国人労働者に選んでもらえなくなる』中国人女性が不法就労『助長』で退去強制 『無過失・不起訴』のはずが…裁判所は『処分妥当』なぜ?」
- 舟渡国際法律事務所ブログ(2026年3月) 「日本で不法就労・資格外活動の疑いで逮捕されたら」
ガイドラインに当てはめれば「不許可確定」の類型
在留特別許可ガイドラインの座標系で見ると、本件依頼者は次のような位置にいました。
【積極要素】
- 日本人配偶者・実子なし
- 永住者との家族関係なし
- 長期定着性(20年水準)なし
要するに、ガイドラインが想定する積極要素のいずれにも当てはまらない単身者でした。
【消極要素】
- 不法就労助長を理由とする退去強制事由認定
そしてこの「不法就労助長」は、ガイドライン上、集団密航・旅券偽造・人身取引と並ぶ消極要素の筆頭格として明示されている類型です。
積極要素ゼロ × 消極要素は最重格 × 連続敗訴 × 単身者。 入管庁が公表してきた事例集を当たる限り、ここまでの逆風事案で在特が出された前例は、見当たりません。
実務感覚として、本件で在留特別許可を求めることは、ほぼ望みのない挑戦と評価される類型でした。
展開した法律論 ―― 責任主義による裁量の枠付け
私が訴訟を通じて展開した中核論点は、こう整理できます。
退去強制処分は、行政上の制裁的処分の性格を有する。 それにもかかわらず、対象者の故意・過失を一切要求しない従来の運用は、責任主義の観点から正当化できない。 少なくとも過失を要求すべきであり、本件依頼者には過失と評価すべき事実が存在しない。
この主張を、上告理由書および複数の補充書を通じて、立体的に展開しました。
- 憲法31条(適正手続)からの責任主義の導出
- 刑事手続における不起訴判断との整合性
- 比較法的に見た行政罰の構造
- 行政法規違反に対する制裁的処分一般の枠組み
- 最高裁判例の段階構造の整理
ガイドラインの形式当てはめでは捉えきれない、しかし憲法・行政法の原則から導かれる実質判断の必要性――これを、上告審を通じて入管・裁判所に向けて主張し続けたのです。
結論 ―― 大阪入管が形式当てはめを超えて動いた
入管が在留特別許可の理由を詳細に明示することは、制度上ありません。だから、本件で大阪入管が在特を出した正確な理由を、断定的に述べることはできません。
しかし、状況証拠は明確です。
- 刑事段階で不起訴(起訴猶予)になっている
- 上告審で責任主義を軸とする理論が立体的に展開されている
- ガイドラインの形式当てはめからすれば「不許可」が強く想定される類型である
にもかかわらず、現実には在留特別許可が付与された。これは、大阪入管がガイドラインの形式当てはめを超えた、何らかの実質的判断を行ったことを意味します。
「公表事例の射程外」だから不許可、ではなかった。 憲法・行政法の原則を背景にした主張立証の積み上げが、結論を動かした。
私はこの判断を、入管自身による事実上の「無実」認定であると評価しています。退去強制という重い制裁の対象として依頼者を遇することはできない、という入管自身の実質判断、と表現するのが正確でしょう。
最高裁での闘いは、依頼者個人の救済を超えて続いている
依頼者個人の在留問題は、本件の在特により事実上解決しました。しかし、私は最高裁での上告を取り下げる予定はありません。
理由は、本件が、依頼者個人を超えた先例的価値を持ちうるからです。
- 不法就労助長を理由とする退去強制処分一般における責任主義の確立
- 行政法規違反に対する制裁的処分全般における責任主義の射程の明確化
- 入管行政の判断におけるマクリーン判決の射程の再検討
マクリーン判決から半世紀。外国人の在留問題における判断枠組みは、転換点に差しかかっています。最高裁がこの転換点に対してどう応答するか、その判断の場を私は最後まで残しておきたいのです。
もし、あなたや身近な人が在留特別許可を求める局面にいるなら
まず、自分の事案を「公表事例」だけで判定しないでください
インターネットで見つけた公表事例集に自分の状況がないからといって、それは「不許可確定」ではありません。公表事例は選別されたサンプルであり、その射程外でも結論が動きうる――これは、本件が実証していることです。
次に、自分の事案にどの法的原則が利きうるかを、丁寧に検討してください
憲法31条、比例原則、平等原則、信義則、責任主義。これらのうち、どれがあなたの事案で実質的に意味を持つかは、事実関係と手続段階によって異なります。専門の弁護士であれば、その絞り込みができます。
そして、刑事・入管・行政訴訟・上告審を通じた一貫戦略を持ってください
在特が問題となる事案の多くは、刑事段階・入管手続・行政訴訟・場合によっては上告審にまたがります。各段階を別の弁護士が担当すると、主張が分断されがちです。一貫した理論軸で全段階を貫くことが、結論を動かす確率を高めます。
「もう手遅れ」「他で断られた」と言われた方こそ、まずお話を伺わせてください。 本件のように、最後の最後で局面が動くことは、実際にあります。
おわりに ―― 諦めないことの先にあるもの
本件依頼者にとって、この数年は本当に長い闘いでした。一審敗訴。控訴審敗訴。最高裁に上告中。家族関係なし、長期定着なし、そしてガイドライン上最重格の消極要素――形式的に見れば、絶望的な数字が並んでいた事案です。
それでも、依頼者は最後まで諦めませんでした。雇用主や周囲の支援者の方々の伴走も、依頼者を支え続けました。そして、憲法と行政法の原則を武器に法律論を積み上げ続けたことが、最終的に大阪入管の判断を動かしました。
在留特別許可は、形式的なチェックリストの世界ではありません。それは、人ひとりの人生を、法の原則と事実の重みで測り直す、極めて実質的な判断のプロセスです。
だからこそ、諦めないことには意味があります。
本稿を読んでくださっている方の中で、いま在留特別許可を求めて闘っている方、これから求めようとしている方がいらっしゃいましたら、まずは「公表事例の射程外=不許可確定」という思い込みを、一度脇に置いてください。そして、ご自身の事案に利きうる法的原則を、専門家とともに点検してみてください。
そこから、結論が動く可能性が始まります。
ご相談について
在留特別許可、退去強制処分、不法就労助長を理由とする入管手続、刑事手続と並行する入管事案、すでに敗訴した行政訴訟の最終局面、雇用主側からの相談――これらに関するご相談は、当事務所までお寄せください。
困難な事案ほど、私はお引き受けしています。
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