警察の警告は、なぜ「争えない」のか ―― ストーカー規制法と銃刀法をつなぐ「見えないブリッジ」を解剖する ――
2026/05/12
警察の警告は、なぜ「争えない」のか
―― ストーカー規制法と銃刀法をつなぐ「見えないブリッジ」を解剖する ――
2026年5月12日 舟渡国際法律事務所 代表弁護士 松村大介
▼ 三人の話から始めたい
Aさんは、ある日、警察官から「口頭で警告します」と告げられた。書面は何ももらえなかった。
Bさんは、後日、書面で「ストーカー規制法第4条に基づく警告」を受け取った。文書だが、事前に話を聞かれることはなかった。
Cさんは、禁止命令を発令される前に、警察から「弁明の機会を与える」と通知され、自分の言い分を述べる機会を得た。
この三人の違いは何か。一見すれば、A→B→Cの順に、警察の措置が「重く」なっただけのように見える。しかし、ここに、現行の警察法制が抱える最大の構造的問題が、隠されている。
Aさん・Bさんには、警察の措置の前段階で**自分の言い分を述べる制度的機会が、まったく存在しない**。それに対しCさんには、**それが法律上保障されている**。
そして三人が、何カ月か後に、まったく別の場所 ―― 銃砲所持の許可、医師・教員などの資格、運転免許等の世界 ―― で、突如として致命的な不利益を受けることになる。本稿は、その「ブリッジ」の正体を明らかにする試みである。
▼ 同じ法律の中で、なぜここまで落差があるのか
ストーカー規制法には、概ね三段階の措置がある。
一段目が**口頭警告**。法律に明文の根拠規定はなく、警察法2条1項の責務規定に基づく「事実上の措置」と説明される。書面交付なし、要件も曖昧、対象者が事後にこれを争う司法ルートは事実上閉ざされている。
二段目が**文書警告**(同法4条1項)。書面は交付されるが、長らく実務上は「行政指導」と整理され、行政手続法上の不利益処分とは扱われてこなかった。すなわち、発令前に対象者に話を聞く制度的義務は、ないとされてきた。私が代理人として令和6年6月26日大阪高裁判決で「文書警告にも法的効果がある」と認めさせたが、それでも警察実務における「行政指導」整理は、現時点でなお続いている。
三段目が**禁止命令**(同法5条以下)。これは紛れもなく行政手続法上の「不利益処分」として扱われ、原則として聴聞・弁明の機会の付与が法律上義務付けられている(行政手続法13条1項)。違反すれば2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金という、明白な法的効果があるからである。
整理すれば、こうである。
口頭警告:反論の機会、ゼロ。
文書警告:反論の機会、ほぼゼロ(争点化されつつあるが、実務はまだ動かない)。
禁止命令:反論の機会、法律で保障。
同じストーカー規制法の中で、同じ警察行政の中で、これほどまで適正手続の保障に差があるのは、なぜか。理由は単純である。立法者は、被害者保護の迅速性を優先し、軽い措置ほど臨機応変な発令を可能にする設計を選んだ。それ自体は、被害者保護の必要性に照らせば、一定の合理性があった。
▼ 銃刀法という「見えないブリッジ」
ところが、ここに見落とされてきた構造がある。
ストーカー規制法上の三段階の措置はいずれも、銃刀法の世界では、まったく区別されないかのように、銃所持許可の取消し、新規許可の不許可、第11条第8項に基づく仮領置という、極めて重大な侵益処分の根拠として援用される。
平成20年銃刀法改正により、文書警告を受けた事実は、銃所持許可の絶対的欠格事由と明文で位置付けられた。さらに、同法第5条第1項第18号の包括条項(「他人の生命、身体若しくは財産若しくは公共の安全を害し[…]おそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」)を経由すれば、口頭警告という事実上の措置すら、銃を取り上げる根拠として援用されてしまう。
ストーカー規制法と銃刀法のあいだに架かるこの「見えないブリッジ」は、立法当時、十分に意識されていたとは思えない。被害者保護のための柔軟な警告制度が、後年の銃刀法改正によって、突如、対象者の生活基盤を破壊する経路へと転化したのである。
▼ Cさんの場合は、まだ筋が通る ―― それと比べると
冒頭のCさん(禁止命令を受けた人)について、考えてみたい。
Cさんが、後日、銃刀法の世界で不利益を受けたとする。たとえば銃所持許可を取り消されたとする。それはCさんにとって辛い結果である。
しかし、構造的にはこう整理できる。
Cさんは、禁止命令の発令前に、警察から弁明の機会を与えられていた。「自分はストーカー行為などしていない」「禁止命令の要件を充たしていない」と主張する制度的な機会を、与えられていた。Cさんがその機会を活用したか、活用しなかったかは、Cさんの選択である。
仮にCさんがその機会を活用せず、または活用したものの主張が容れられず、結果として禁止命令が発令されたのだとすれば ―― それが銃刀法の世界に流入する構造は、まだ法治国家として説明がつく。「事前に反論する機会は与えられた」と言えるからである。
ところが、Aさん・Bさんの場合は、まったく違う。
Aさん・Bさんは、警告の発令段階で、自分の言い分を述べる機会を**制度的に**与えられていない。にもかかわらず、その警告が、銃刀法の世界に流入して、生活基盤を奪う。
そして、Aさん・Bさんが初めて反論できるのは、銃刀法上の侵益処分が下された後、その処分に対する審査請求や取消訴訟の場である。
**「影響が出てから初めて争え」**という構造である。これが、本稿のもっとも重要な指摘である。
▼ 解決の方向は、二つある
ここまでの分析を踏まえれば、解決の方向は二つに整理できる。
【方向①】入口を整える ―― 警告にも事前の反論機会を付与する
第一の選択肢は、ストーカー規制法上の口頭警告・文書警告について、発令前の弁明の機会を法律で保障する方向である。Cさんと同じ前提に揃える、と表現してもよい。
この方向には、明確なメリットがある。Aさん・Bさんは、自分が「ストーカー」と評価される前に、自分の言い分を述べる機会を得る。仮にそれでも警告が発令されたとしても、後日の銃刀法侵益処分の場で、「事前の反論機会は与えられた」と言える構造になる。
もっとも、率直に申し上げて、デメリットもある。口頭警告・文書警告という制度は、まさに**臨機応変な迅速対応**に立法趣旨を持つ。被害者がいままさに恐怖に晒されている場面で、加害者と評価される側に即座の自制を求める ―― この迅速性こそが、警告制度の効能の根幹だからである。事前の弁明手続を厳格化すれば、この迅速性が損なわれる懸念がある。
したがって、方向①を採るのであれば、緊急性が認められる場合の例外を慎重に設計する必要がある(行政手続法13条2項各号の構造が参考になる)。
【方向②】橋を架け替える ―― 銃刀法とのリンクを切る
第二の選択肢は、ストーカー規制法上の口頭警告・文書警告を受けた事実を、銃刀法の世界での欠格事由ないし包括条項経由の処分根拠とすることを、立法的にやめる方向である。
私自身、実務家としては、こちらの方向をより推している。理由は三つある。
**第一に**、ストーカー規制法の効能を損なわない。同法は被害者保護のために迅速・柔軟に介入することにその立法趣旨があるところ、銃刀法の世界との切り離しを行っても、その効能はまったく損なわれない。
**第二に**、銃刀法側で独自に対応できる。本当に銃所持を制限すべき具体的危険があれば、銃刀法第5条第1項第18号を、ストーカー規制法上の警告とは独立に、自前の要件として運用すればよい。その場合、当然、銃刀法側の処分には行政手続法上の告知・聴聞の機会が保障される。
**第三に**、現在ストーカー規制法上の警告が銃刀法に流入することで生じている**「反論の機会なきまま銃を取り上げる」**という構造的不正義が、自動的に解消される。
被害者保護のための柔軟性も、銃所持者の適正手続の保障も、両立できる ―― これが、方向②の最大の魅力である。
▼ 「臨機応変」と「適正手続」は、二者択一ではない
規制強化と適正手続の保障は、しばしば「どちらかを犠牲にするしかない」という二者択一の問題として語られる。
しかし、私はそうは思わない。
禁止命令の制度を見れば明らかなように、行政手続法上の聴聞・弁明の機会を保障しつつ、被害者保護のための制度として十分に機能している。問題は、口頭警告・文書警告について、そうした丁寧な制度設計が立法的に怠られてきたこと、そしてその不備が銃刀法という別の領域に流入することで対象者の生活基盤を破壊する経路を形成していることである。
冒頭のAさん・Bさん ―― あるいは、これからAさん・Bさんと同じ立場に置かれるであろう、見知らぬ多くの方々 ―― のために、私はこの問題を、法廷と言論の両面から問い続ける。
**ある一件の救済は、目の前の依頼者を救う。制度の改善は、まだ顔を知らない多くの人を救う。**私が法律家として目指しているのは、その両方である。
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松村 大介(まつむら だいすけ)
舟渡国際法律事務所 代表弁護士/第一東京弁護士会所属
慶應義塾大学法科大学院修了。令和6年、大阪高裁でストーカー警告の処分性を認める画期的判決を獲得。NHK「未解決事件」取材協力、岩波書店刊行物へのコメント提供など、メディア・学術両面からストーカー問題を発信。
〒171-0033 東京都豊島区高田3-4-10 布施ビル本館3階(高田馬場駅徒歩5分)
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