害獣駆除の社会的要請と銃刀法「おそれ」要件のバランス論
2026/05/14
害獣駆除の社会的要請と銃刀法「おそれ」要件のバランス論
――ストーカー対策の必要性と狩猟者保護の両立を、茨城事件から考える
舟渡国際法律事務所 弁護士 松村大介
令和8年5月14日
第1 はじめに――いま、なぜ「おそれ」のバランス論なのか
クマやイノシシによる人身被害、ニホンジカ・キョン・アライグマ・カワウ等による農林水産業被害は、いまや特定の中山間地に限られない、全国的な社会問題となっている。環境省・農林水産省の統計によれば、令和に入って以降も野生鳥獣による農作物被害額は年間およそ150億円前後で高止まりしており、クマによる人身被害は過去最多水準を更新している地域も少なくない。こうした状況のもとで、有害鳥獣捕獲・指定管理鳥獣捕獲等事業を実際に担っているのは、都道府県や市町村から委託を受けた猟友会員や、林業・農業関係者として銃猟・わな猟の免許と銃刀法上の所持許可を併せ有する民間の狩猟者である。
銃刀法は、銃砲所持を一般的に禁止しつつ、許可制によって例外的にこれを認める制度を採用している。裏を返せば、銃刀法に基づく所持許可を適切に維持している狩猟者は、害獣駆除という社会的要請を実際に担っている貴重な存在であり、その公共的役割は決して小さくない。
もっとも、銃砲が他害行為に悪用された場合の被害が甚大であることもまた事実である。長野県中野市で発生した猟銃使用の連続殺傷事件、 また、配偶者・元交際相手等に対する銃砲使用の事案は、銃の所持規制を厳格に運用すべきとの社会的要請を支える事実的基盤を成している。警察によるストーカー対策が、一定の臨機応変さを伴って初動の段階から運用される必要があることは、当職としても十分に理解するところである。
しかし、その臨機応変さが、真摯に狩猟・有害鳥獣駆除に従事してきた所持許可者を、軽微な誤解や事実誤認によって一律に「色眼鏡」で扱う運用に転化してしまえば、銃刀法の立法趣旨そのものに反する。本稿は、当職が代理した令和8年茨城県公安委員会の仮領置処分取消事案(以下「茨城事件」)を素材に、害獣駆除の社会的要請、ストーカー対策の必要性、真摯な狩猟者の保護――この三者のバランスをどう取るべきかを考察するものである。
第2 害獣駆除の社会的要請と適正な銃所持者の社会的有用性
1 深刻化する野生鳥獣被害
農林水産省の野生鳥獣被害統計によれば、令和4年度の農作物被害額は約156億円、主な加害動物はシカ(約65億円)、イノシシ(約36億円)、カラス(約13億円)等である。林業・水産業被害を含めればその額はさらに膨らむ。クマによる人身被害は令和5年度の年間負傷者数が200名を超え、令和6年度以降も高水準で推移しており、北海道・東北・北陸を中心に、住宅地・通学路にまで出没事例が及んでいる。
こうした状況を受け、国は鳥獣保護管理法に基づく「指定管理鳥獣捕獲等事業」を平成26年改正で導入し、都道府県が一定期間集中的に捕獲を行う仕組みを整備した。しかし、実際の捕獲従事者の高齢化、若手担い手の不足は深刻であり、銃猟免許保有者数は昭和50年代の3分の1程度にまで減少している。
2 適正な銃所持者の社会的有用性
この社会的要請のなかで、銃刀法に基づく所持許可を維持し、猟銃の取扱いを長年にわたって適切に行ってきた狩猟者の存在は、まさに地域社会の安全を支える公共的役割を担っている。猟友会の地域分会、農作物被害対策実施隊、指定管理鳥獣捕獲等事業従事者などの担い手は、いずれも所持許可と狩猟免許という二重の公的審査を受けて活動している。
とりわけ、一般社団法人全日本指定射撃場協会・都道府県猟友会等が認定する「安全指導員」「銃砲安全指導委員」等の資格を有する者は、銃の安全な取扱いを他者に指導する立場にあり、自ら高度の規範意識をもって銃と向き合ってきた者である。こうした層が、事実無根の警告や軽微な誤解を理由に一律に処分対象とされるならば、害獣駆除の担い手はいよいよ枯渇し、むしろ地域社会の安全を脅かしかねない。
第3 ストーカー対策の必要性――臨機応変な対応への理解
ストーカー行為は、事案によっては短期間のうちに重大な人身被害・殺傷事件へと発展し得る、特殊な類型の犯罪である。警察庁の統計によれば、ストーカー規制法に基づく警告・禁止命令件数は近年も増加傾向にあり、相談件数は年間2万件を超える水準にある。
被害者保護の観点からは、警察が初動段階で口頭警告・文書警告を発し、危険性が認められる事案については銃砲類の仮領置や所持許可の取消しを行う運用は、一定の合理性を有する。配偶者間・元交際相手間の銃砲使用事件が現実に発生してきた以上、警察に臨機応変な対応を求めることそのものを否定する考えは、当職には全くない。
問題は、その臨機応変さの「方向」と「節度」である。具体的危険が認められる事案については迅速に対応すべきであるのと同様、具体的危険が認められない事案については、いったん発出した警告であっても再評価のうえで速やかに撤回されるべきであり、銃の取上げ処分もまた速やかに是正されるべきである。ストーカー対策の臨機応変さは、危険側にのみ振れるべきものではなく、安全側への臨機応変さもまた制度に組み込まれていなければならない。
第4 真摯な狩猟者を一律に処分することの不当性
1 銃刀法の立法趣旨は「一律規制」ではない
銃刀法は、銃砲所持の社会的危険性に着目し、一般的禁止を原則としつつ、許可制によって例外的にこれを認める構造を採用している(最判昭和46年4月22日刑集25巻3号49頁参照)。これは、銃砲を一切社会から排除する趣旨ではなく、危険性のある者から銃を遠ざけつつ、正当な目的(狩猟、有害鳥獣駆除、射撃競技、警備業務等)を有する者には、一定の審査を経て所持を認めるという、個別審査を前提とした制度設計である。
札幌地判令和3年12月17日(判例タイムズ1497号166頁)は、所持許可取消しの可否が争われた事案について、「銃砲の用途は、人命や財産を侵害する手段としてのみあるのではなく、狩猟・有害鳥獣駆除・射撃競技等の正当な目的を有する」とし、取消しの根拠となる危険性は「具体的・現実的なもの」でなければならず、「抽象的・観念的な危険」では足りないと判示した。この判決の立法趣旨論は、5条1項18号の「おそれ」要件の解釈にも妥当する。
2 安全指導員資格保持者まで一律処分することの問題
猟友会・指定射撃場協会等の認定する安全指導員資格は、一定の経験年数、指導員講習の修了、無事故歴等を要件として付与される。これは、その者が銃の取扱いについて高度の規範意識と技能を有することを、関係団体が公的に認証したものにほかならない。
こうした安全指導員資格保持者を、事実誤認に基づくストーカー警告ひとつによって、所持許可の絶対的欠格事由(銃刀法5条1項)に該当するかのように扱うことは、関係団体の公的認証を一片の警告で塗り替えるに等しい。それは、銃刀法が個別審査を前提とした制度設計を採用したことの趣旨に正面から反する。
銃刀法の立法趣旨に照らせば、所持許可の取消し・仮領置は、当該所持者の銃の取扱いに関する具体的・客観的事情を踏まえてのみ行われるべきであり、人間関係上のトラブルに対する警告ひとつから自動的に導かれるべきものではない。
第5 茨城事件――「おそれ」の抽象性に正面から挑んだ事例
1 事案の概要
当職が代理した茨城事件は、長年にわたって適正に狩猟用銃を所持してこられたA氏について、事実に基づかないストーカー警告を発端に、銃刀法11条8項の仮領置処分が行われた事案である。A氏には他害行為の前歴も、銃の不適切取扱いの徴候もなく、保管状況も完全に適正であった。にもかかわらず、令和7年11月に発出されたストーカー口頭警告ひとつを根拠に、猟銃を含む合計8点が仮領置されるに至ったのである。
2 審査請求と取消処分
当職は、令和8年初頭、茨城県公安委員会に対する審査請求書および取手警察署長に対する行政指導中止申出書を提出し、次の各点を体系的に主張した。
第1に、ストーカー警告の事実的根拠の欠如。第2に、銃刀法5条1項18号にいう「おそれ」は、一般人を基準として具体的・現実的な他害行為が予見されることを要し、抽象的・観念的危険では足りないこと(札幌地判令和3年)。第3に、弁明の機会を欠いた仮領置は適正手続(憲法31条)の趣旨に反すること。第4に、正当な所持者から銃を取り上げる処分は財産権・職業選択の自由(憲法29条・22条)に対する重大な制約であり、比例原則に照らして許されないこと。第5に、同種事情の事案について処分を維持することは、行政の自己拘束法理および平等原則(憲法14条1項)に反すること。
令和8年5月11日、茨城県公安委員会は仮領置処分を取り消す処分を行った。理由として明示されたわけではないが、当初のストーカー警告の事実的根拠の薄さ、および銃所持に関する具体的危険性の不存在が背景にあるものと推察される。
3 茨城事件の意義――バランス論への問題提起
茨城事件の意義は、害獣駆除の担い手としての社会的有用性を担ってきた狩猟者を、ストーカー警告ひとつで一律に処分対象とする運用に対して、正面から問題提起したことにある。
この事件は、抽象的とも評される銃刀法18号の「おそれ」要件の解釈に正面から挑み、審査請求段階で銃の返還を獲得した先例的意義のある事案である。「ストーカー警告対象者=銃刀法18号のおそれあり」という安易な転用構造に対し、行政自身が再評価のうえでこれを否定したという点で、バランス論の実践例として実務に問いを投げかけるものである。
第6 あるべきバランス論――三方を満たす運用基準
害獣駆除の社会的要請、ストーカー対策の必要性、真摯な狩猟者の保護――これら三者を両立させるためには、銃刀法5条1項18号の「おそれ」要件について、次のような運用基準が確立される必要がある。
第1に、具体的危険を伴う事案では迅速に対応する。銃の取扱いに関する具体的徴候、過去の暴力前歴と銃所持との結びつき、精神状態・薬物使用状況等が認められる事案では、仮領置・取消しを躊躇すべきではない。
第2に、人間関係上のトラブルにとどまる事案については、まずは事実関係の正確な把握を優先する。ストーカー警告の発出と銃の取上げを反射的に連結させず、当該所持者の銃の取扱いに関する具体的徴候の有無を独立に検証する。
第3に、一旦発出された警告・処分であっても、事実関係の再評価により根拠が薄いと判明した場合には、速やかに撤回・取消しを行う。臨機応変さは、危険側にも安全側にも作動する制度であるべきである。
第4に、安全指導員等の公的認証を受けた所持者については、その認証実績を「おそれ」判断の重要な減殺要素として位置づける。銃刀法の個別審査主義の趣旨に照らせば、関係団体の公的認証は安易に塗り替えられるべきではない。
第7 結語
銃砲規制は、社会の安全と、正当な目的を有する所持者の権利との間の繊細なバランスのうえに成り立っている。害獣駆除という国家的課題が深刻化するなか、その担い手たる狩猟者を、事実誤認に基づく警告ひとつで一律に排除することは、むしろ社会の安全を損なう結果をもたらしかねない。
他方で、ストーカー被害の深刻さを軽視することもまた許されない。臨機応変な初動対応の必要性は、これを十分に尊重したうえで、なお、具体的危険を伴わない事案については銃刀法の本来の趣旨に立ち返るという、節度ある運用が望まれる。
茨城事件は、こうしたバランス論を実務の場面で問い直す素材を、行政自身の判断によって提供したものである。当職は、この事案を出発点として、害獣駆除に従事される真摯な狩猟者の権利保護のため、今後も「おそれ」要件の解釈論を深めてまいりたいと考えている。
以 上
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弁護士 松村 大介(第一東京弁護士会/登録番号59077)
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