川崎ストーカー殺人事件の警察検証への疑問
2025/09/05
1 川崎ストーカー殺人事件
川崎ストーカー殺人事件は、被害者が交際相手から執拗なストーカー行為を受けていたおり、被害者及び親族等が警察署にストーカー規制法に基づく対処を求めていたものの、警察の不適切な対応が原因で最悪の結末を迎えてしまいました。令和7年9月4日、神奈川県警は、捜査が不適切であったことを認め、ご遺族等に謝罪し、40名の警察官が処分される事態になりました。
個人間の問題は基本的に個人間に委ねるべきであるのが法律の原則です。ストーカー規制法は、「刑法未満軽犯罪以上」と言われ、本来自由であるはずの私人間の問題に警察が介入するもので、暴対法と並んで異質の法律であると言われます。ストーカー事案の場合には、どの事件もエスカレートして重大犯罪に発展する危険性を秘めており、国民の自由と国民の保護の調整の観点から対処が非常に難しい問題です。
この記事では川崎ストーカー殺人事件に関する神奈川県警察の検証報告書に基づき、検証で浮き彫りになった問題点と改善策を分析し、なぜ歴史が繰り返されてしまうのか、規制強化の弊害も踏まえ、ストーカー規制法のあり方について解説します。
2 神奈川県警による検証報告書の概要
検証で浮き彫りになった問題点は以下のとおり、組織的・構造的な問題点が指摘されています。
https://www.police.pref.kanagawa.jp/about_kpp/koho/kensyou.html
警察署と本部間の連携・機能不全
拙速な捜査の終結と警告・禁止命令の機会逸失
警察署は、被害者からの被害届の取り下げや「復縁」の申し出を受けて、性急に事案を終結させ、被疑者への警告や禁止命令を出す機会を逃しました 。
①本部の継続的関与の不徹底
本部人身安全対策課は、警察署への指導や助言を行っていましたが、事案の継続的な管理が不徹底であり、事案終結の判断に関与していませんでした。
情報共有の欠如:
被害者の所在不明という重要な情報が、警察署から本部へ報告されていませんでした。また、本部人身安全対策課と本部捜査第一課との連携や情報共有も明確に規定されていませんでした 。
形骸化した対処体制
署対処体制、本部対処体制ともに、警察庁通達で定められた役割が十分に機能せず、形骸化していたとされています 。
②初動捜査と証拠保全の不徹底
・不適切な初動対応
被害者から複数回にわたる電話相談があったにもかかわらず、臨港署の初動対応は不適切でした 。
・客観的証拠の見落としと捜査の遅滞
行方不明事案の認知後も、警察署は特異な情報(被疑者の車両が被害者宅付近に長時間駐車しているなど)を見逃し、捜査が遅延し続けました 。また、被害者の姉宅の防犯カメラに被疑者が映っていたにもかかわらず、警察は室内への侵入形跡がないと判断し、インターホンの録画記録などを確認せずに捜査を打ち切っていました 。
・捜査の基本の欠如: 報告書では、現場での写真撮影や指紋採取、防犯カメラ捜査といった客観的証拠の迅速な保全が徹底されていなかったことが指摘されています 。
③属人的・不安定な判断システム
・本部長への報告基準の曖昧さ
本部長への報告基準が「社会的反響が大きい又は特に重要と認められるもの」といった抽象的な表現に留まっており、担当者の経験や感覚に委ねられる属人的な仕組みになっていました 。
3 検証報告書の問題点
報告書では、これらの問題を受けて、以下のような対策を講じるものとされています。しかしながら、川﨑ストーカー事件以前にも警察庁の通達により一定の体制が求められていたため、いかに制度を構築したとしても、結局のところは、現場の警察官の運用に依存するところが多いといえます。
・対処体制の強化: 本部人身安全対策課が警察署の対処能力を評価し、不十分な点に対しては職員を派遣するなど、本部の主体的・積極的な関与を徹底する 。
・危険性・切迫性の評価方法の見直し: 既存のチェック表に評価項目を追加し、危険性・切迫性をより適切に評価できるようにする 。
・教養の強化: 新任の署長や副署長、そして事案に関わる全ての職員に対し、実践的なケーススタディを用いた教養を強化する 。
・捜査の基本の徹底: 初動捜査を含め、現場での写真撮影や指紋採取、防犯カメラ捜査など、客観的証拠の迅速な保全を徹底するための教養を全ての捜査員に行う 。
川﨑ストーカー事件の問題点は、形骸化した対処体制、捜査の基本の不徹底は、まさに現場の警察官の判断に大きく依存するものといえます。今後、対処体制の強化やマニュアルの整備、教養の強化といった改善策が実施されることになりますが、それらが単なる「お題目」に終わっては意味がありません。今回の事案は、警察庁や県警察の通達が存在したにもかかわらず、それが現場で適切に運用されていなかったという事実が問題なのです。
結局のところ、文書化されたルールや体制がどれほど完璧であっても、「被害者の安全確保を最優先に対処する」 という、人身安全関連事案の根幹にある考え方が、一人ひとりの警察官の行動規範として根付いていなければ、同様の悲劇は繰り返される可能性があります。報告書が指摘する問題の根底には、被害者の訴えに対する共感性の欠如や、事案の潜在的な危険性を見抜く危機管理意識の欠如といった、個々の警察官の意識の問題が横たわっています。
4 最後に
ストーカー事件というものは本来的には私人間の問題であり、私人間に委ねるべき領域と、警察が介入すべき領域との境目が非常に曖昧なのです。これがストーカー事件の対処の難しさの根本原因と考えられます。
川﨑ストーカー事件を契機としたストーカー規制法の規制強化に伴い、今後。間違いなく冤罪的な警告も増えるでしょう。現場の警察官の感覚は「やらずに批判されるよりはやって批判される方がまし」というのが本音だと思います。
川崎ストーカー事件を契機にストーカー規制法は規制が強化されるはずです。同時に忘れてはならない視点は、規制の網を大きく広げすぎると、かえってストーカー冤罪を生む温床にもなり得るということです。極論としては、ルールの徹底もさることながら、被害者に向き合う現場の警察官の意識改革が急務であると考えられます。
----------------------------------------------------------------------
舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 : 03-6709-0603
東京を中心に刑事事件の弁護
東京にて行政事件に関する対応
----------------------------------------------------------------------