過失なしで不法就労助長の退去強制?――法律の問題点と救済方法を弁護士が解説
2026/03/28
はじめに――「在留カードを確認したのに退去強制」は本当に仕方ないのか
在留カードをきちんと確認し、法務省が推奨する読取アプリで真贋まで確かめた。それでも採用したベトナム人がなりすまし事案だったとして、「不法就労助長」を理由に退去強制処分を受ける――。
2025年7月、東京高裁がまさにそのような判断を下し、毎日新聞や弁護士JPニュースが大きく報じました。「落ち度がなくても退去強制は妥当」という判決に、多くの外国人雇用担当者・実務者が衝撃を受けました。
しかし、この問題は現在最高裁判所に係属中です。法律家・研究者の間では「この解釈は立法趣旨に反し、憲法違反にも当たる」という声が圧倒的多数を占めています。
本記事では、なぜこの問題が起きているのか、法律の何が問題なのか、そしてもし同様の状況に巻き込まれてしまったらどう対処すべきかを、わかりやすく解説します。
1. 何が問題になっているのか――刑事罰と行政処分の「不均衡」
刑事罰(不法就労助長罪・入管法73条の2)
不法就労の外国人を雇ったり斡旋したりした者には、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科されます。ただし同条には明確な規定があります。
「過失がないときは、この限りでない」
つまり、在留カードを確認するなど相応の注意を払っていれば、刑事罰は免れます。
行政処分(退去強制・入管法24条3号の4イ)
一方、外国人に対する退去強制処分の根拠条文には、「過失がない場合は除く」という規定が存在しません。入管はこれを根拠に「過失があろうとなかろうと退去強制できる」と解釈し、裁判所もこれを支持してきました。
これがどういう意味かというと――
- 刑事罰:在留カードを確認していれば処罰されない
- 退去強制:在留カードを確認しても、なりすましを見抜けなければ退去強制される
より重い不利益をもたらす行政処分の方が、要件が緩いという奇妙な逆転現象が生じています。
2. 法務省推奨に従ったのに退去強制される――何かがおかしい
法務省は何を推奨しているか
出入国在留管理庁(法務省)は、外国人を雇用する際の確認方法として以下を推奨しています。
- 在留カード原本の確認(コピーではなく必ず原本)
- **「在留カード等読取アプリケーション」**の利用(法務省が開発・公開した公式アプリ)
さらに、法務省入国管理長、東京入国管理局長などの入管実務の最高責任者を歴任した専門家たちが、口をそろえて言っています。
「在留カード原本を確認した者は無過失」
これが入管実務の公定基準です。
法務省推奨に従っても退去強制される矛盾
しかし、今回問題になっているケースでは、まさにこの法務省推奨の確認をすべて実践した外国人担当者が退去強制処分を受けています。法務省の推奨に忠実に従った行為が退去強制を防げないとなれば、「法務省の推奨に従っても意味がない」ということになります。
これは、法務省自身の指導・推奨と正面から矛盾します。
3. 立法趣旨から見た問題――この法律は悪徳ブローカー排除が目的
入管法改正の立法趣旨
不法就労助長に関する入管法の規定は、平成元年の改正で新設されました。当時の国会審議を精査した神戸大学名誉教授の阿部泰隆先生によれば、その立法趣旨は明確です。
「改正法の趣旨は悪徳ブローカー集団の撲滅であり、過失に過ぎないものまで、まして無過失の者まで、違反認定して退去強制処分をする必要性は何ら説明されていない」
つまり、この法律が想定したターゲットは「不法就労者を積極的に斡旋し、金銭的利益を得ることを業とする悪質な業者」です。在留カードを確認し誠実に採用手続きをした担当者は、この法律が排除しようとした対象とはまったく異なります。
バランス論――処罰の均衡が崩れている
弁護士JPニュースの取材に応じた松村大介弁護士(舟渡国際法律事務所)は、この問題についてこう語っています。
「『不法就労助長』等にあたる行為の中には『うっかりミス』もあり得ます。ましてや、過失すら要求しないとなれば、容易に退去強制処分を受けるリスクを抱えることになります。これでは、外国人は日本で安心して働けず、企業側も雇用することができません。現実問題として、日本の社会と経済は、外国人なしでは成り立ちません」
さらに、神戸大学の興津征雄教授も次のように批判します。
「退去強制には社会秩序を乱す原因を排除するといった目的が考えられるが、過失がなかった人を退去させても抑止効果があるとは思えない。不利益は極めて大きい。過失がない場合にまで適用するのは重すぎる」
**過失のない人を退去強制しても、悪徳ブローカーへの抑止効果は何も生まれません。**逆に、法務省推奨の確認を実践した誠実な人が退去強制されるとなれば、外国人雇用に関わる人全員が萎縮し、外国人材の活用という日本の国策そのものが阻害されます。
4. 最高裁で争われている論点――判断が注目される
現在、この問題は最高裁判所第三小法廷で審理されています。主な争点は以下のとおりです。
①過失責任主義の適用 行政上の制裁にも「過失なき者を処罰してはならない」という法の一般原則が及ぶべきか。横浜市路上喫煙条例事件(東京高判平成26年)では、過料(2000円以下)という軽微な制裁についてすら過失要件が必要とされています。退去強制という最重大の不利益処分において過失を不要とするのは、均衡を欠きます。
②立法趣旨との矛盾 令和8年3月27日、最高裁第三小法廷は別の事案(ヒグマ猟銃事件)において、「処分が関連法の立法趣旨に沿わない事態を招くおそれがある場合には、そのことを処分の判断において考慮しなければならない」という法理を全員一致で確立しました。この法理に照らせば、立法趣旨(悪徳ブローカーの排除)と無関係な誠実な担当者への退去強制は、当然にこの考慮を経なければなりません。
③法務省推奨行為の保護 法務省が「これで足りる」と推奨する確認を実践した者への退去強制は、外国人雇用実務全体への萎縮効果をもたらし、立法趣旨を害します。映画「宮本から君へ」最高裁判決(最判令和5年)は、萎縮的影響が「立法趣旨を害し看過し難い」場合には裁量権の逸脱・濫用になるという法理を確立しています。
5. もし同じ状況に巻き込まれてしまったら――救済方法
ケース別の救済手段
【ケース①】在留カードを確認して採用したが、なりすましだった
最も争う余地が大きいケースです。以下の点を記録・収集してください。
- 在留カード原本を確認した事実(できれば写真や記録)
- 法務省推奨アプリを使用した記録
- その他書類(旅券、通帳等)の確認記録
- 採用決定の権限が自分ではなく上司や代表者にあったことを示す証拠
【ケース②】採用権限がなかったにもかかわらず巻き込まれた
採用判断権限を持つ代表者・正社員が別にいて、自分はあくまで書類確認などの補助業務を担っていたにすぎない場合、そもそも同号イの規制対象外である可能性があります。組織図、雇用契約書、業務分担を示す資料が重要です。
【ケース③】違反認定処分を受けた
入管の違反認定処分に対しては、以下の手段があります。
- 違反認定の審査請求(入管内部)
- 特別審理官への口頭審理請求
- 法務大臣への異議申出
- 行政訴訟(違反認定処分取消訴訟)
いずれの段階でも、「過失がなかったこと」と「採用権限がなかったこと」を丁寧に主張することが重要です。
【ケース④】退去強制令書が発付された
退去強制令書発付処分に対しては取消訴訟が可能です。また、**在留特別許可(入管法50条)**の申請という選択肢もあります。特に、日本での生活基盤(家族、就労実績、地域との繋がりなど)が充実している場合は、在特申請と訴訟の両面で争うことが有効です。
なぜ早めに弁護士に相談すべきか
入管手続には各段階に厳格な期間制限があります。違反認定後の手続きの流れは早く、対応が遅れると選択肢が狭まります。また、現在この問題は最高裁で係属中であり、弁護士が最新の法的議論を踏まえた主張を行うことが、救済の可能性を大きく左右します。
6. まとめ
- 不法就労助長を理由とする退去強制は、現在の裁判所の解釈では「過失なし」でも成立しうる
- しかしこれは立法趣旨(悪徳ブローカーの排除)に反し、法務省の推奨行為と矛盾する
- 外国人雇用実務への萎縮効果をもたらし、外国人材活用という国策も阻害する
- 学説の圧倒的多数、神戸大学・東京大学などの著名教授がこの解釈の誤りを指摘している
- 現在最高裁で争われており、解釈が覆る可能性がある
- 在留カード確認・アプリ使用・採用権限なしなど、争う余地のある事情があれば早期に弁護士に相談を
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